コラム

鳩山外交バッシングを考える

2012年05月24日(木)12時58分

 少し古い話だが、4月、鳩山元首相のイラン訪問が大きな話題となった。

 日本国内の報道、解説のほとんどが、「とんでもないことをしてくれた」的な非難で渦巻いている。

 この反応には、正直ぞっとした。これは、外交そのものの否定ではないだろうか。「訪イランは国益に反する」と断罪する各マスコミの反応は、かつてイラクで起きた人質事件の際、イラクを訪問する民間人を「政府・自衛隊に迷惑をかけた」としてバッシングした不気味さを彷彿とさせる。

 確かに、鳩山元首相が議員外交を行ううえで適切な人物だったかどうかには、留保がつく。しかし、「「国益」に反する」という理由が、イランの「核開発疑惑」が指摘され、米・イラン関係が悪化し、いまにも米軍かイスラエル軍が攻撃しようとしているのでは、と懸念され、あまり話のわかる相手とはいえそうもないアフマディネジャード大統領が反政府活動を抑圧している、というのであれば、それは全く訪問すべきではない理由には当たらない。そもそも日本とイランはちゃんと外交関係を維持している。「そんな国に行くな」というなら、大使館を閉鎖すればいいことだ。「そんな国に行ったら利用される」というなら、利用されない駆け引きをすることこそが、外交である。「行けば利用される」というのは、「日本には外交能力がない」と言っているに等しい。

 いや、外交能力に問題があるなら、外交のプロたる外務省に任せておけばいいではないか、という議論もあろう。だが、この議員外交には在テヘラン日本大使が同席している。これがまた、一層の反発を生んだのだが、なぜ外交を行うためにイランに駐在している大使が、外交の場にいてはいけないのか?

 つまるところ、「今イランと外交をすることは、日本の国益にならない」というときに言われる日本の国益とは、「米国に怒られない」、である。実際、マスコミのほとんどが鳩山氏の訪イラン報道と一緒に、駐日米大使が何を言ったか、どう反応したかを大きく報じている。

 むろん、米国を取るかイランを取るか、の選択を鳩山外交が考えているのでは決してない。世界のどんな国でも、そんな選択肢を考える国はないし、ありえない。

 むしろ、「米国と外交関係のないイラン」と外交することは、米国との関係を犠牲にしてではなくそれを強固にするために、必要なのだ。

 米国が、外交的パイプを持たない国々と何らかの交渉を行う必要があるとき、米国の同盟国で当該国と外交関係を持つ国を利用して、接触する。あるいは、その国が米国と反米国の間を仲介する。そのような役割こそを、従来日本は果たしてきた。かつて米政府がパレスチナのPLOを「テロリスト」と断罪して(今のイランに言っていることと同じだ!)、接触を禁止していたとき、日本政府はしばしばPLOのアラファト議長を招聘して、水面下で「つなぎ役」を果たした。

 イランも同じである。私がかつてイラクの日本大使館に勤務していたとき、同僚の外交官が在イラク米大使館員と意見交換するとき、よく準備していたのが「イラン情報」だった。イランに大使館のない米国は、日本がテヘランの大使館から得た情報を提供してくれるのを、期待していた。イランとのパイプは、米国に恩を売るのに、大きな材料だったのである。

 冷戦終結後、世界は雪崩を打って新自由主義経済の波のなかに飲み込まれている。「東」だったり「反米ナショナリズム」だったりで、米国がアプローチできない国はたくさんあったが、その数はどんどん減っている。言い換えれば、「米国がアプローチできないから同盟国にパイプ役を頼む」ような機会が、減っている。

 そのなかで、イランは唯一、米国がアプローチできず、日本が太いパイプを持っている国だ。その外交的資産を捨てて、ただ米国が行くなというから外交をしない、というのは、日本が唯一発揮できる独自外交の機会を、自ら捨て去ることに他ならない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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