コラム

イラクの総選挙

2010年03月17日(水)21時58分

 今月7日、イラクで総選挙が行われた。イラク戦争から7年、戦後に設置された、第一期民選議会の任期満了に伴う国政選挙である。現在開票作業が進んでいるところだ。

 今回の選挙で注目されたのは、これまでの政党間の連立構造が大きく様変わりした結果、4年前の選挙に比べて単独過半数を取れそうな連立ブロックがない、ということである。前回の選挙では、もっぱら民族、宗派に沿った連立体制が組まれ、票の行き先はおおむね、宗派、民族構成を反映したものとなった。シーア派中心のブロックが半数弱を占め、人口2割を占めるクルド民族の政党とあわせて、安定多数を確保できた。

 ところが、この宗派ごとの連立、というパターンが、今回は崩れている。

 きっかけは、去年の地方選挙だ。ここでは各政党が単独で出馬したため、ブロック内での各政党の実力が明らかになった。

 おや、これなら連立を組まなくてもやっていけるんじゃないか、と考えたのが、マーリキー現首相率いるダアワ党である。これまでシーア派だということを共通項にして、イラク・イスラーム最高委員会(ISCI)など、他のシーア派イスラーム政党と「統一イラク同盟」を組んできた。だが、中央集権を主張し宗派色を薄めようとするダアワ党と、地方利権に関心が高くシーア派色の強いISCIでは、政策上折り合わないことが多い。その結果、今回の選挙では、ダアワ党が「法治国家連合」、ISCIが「イラク国民連合」と、別々の連立ブロックを組んだのである。

 宗派でまとまらない、となると、逆に今度は、どの連立ブロックも、いかに宗派を乗り越えて国民和解を重視しているか、を売り文句にするようになる。3~4年前、内戦の危機とも懸念された宗派対立に倦んで、国民は強い宗教色を望まなくなった。そんな世論を反映しようと、みな「国民和解」のイメージ作りに、右へ倣え、である。

 開票結果の中間報告では、マーリキー首相の「法治国家連合」と、より世俗性を強調したアッラーウィ元首相の「イラク国民運動」が競り合い状態だ。頭が痛いのは、どちらかが単独で過半数がとれるほどでもなく、両者が一緒にやるのもそう簡単ではなさそうなことである。今後、主要ブロックが他の政党をどう抱き込むか、引っ張り合いが熾烈化しそうだ。民族性、宗教性の強い党や反米主義勢力がキャスティングボートを握る、といった事態も生まれるかもしれない。せっかく世論が脱宗派、国民和解の方向性を示しているのに、どの政党がキャスティングボートを握るかで、政治の方向は逆行しうる。

 今回新たに選ばれた議員たちには、将来のイラク政治を決定付ける、重要な課題が待ち受けている。8月には駐イラク米軍の撤退が始まり、来年末までには全撤退が予定されている。ポスト米軍のイラクを誰がどう担うのか? 外国企業との交渉が本格化しつつあるイラクの油田開発事業は、どうなるのか? 

 どの国でも、選挙対策と政策実行が両立しないのは、悩みの種だ。イラク人たちは過去5年間で4回も投票行動を経験して、「選挙」には慣れてきたようだが、政治の空転に慣れてしまっては、困る。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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