コラム

五輪に酔うバンクーバーの夜を彷徨う

2010年03月05日(金)11時26分

ロブソン通りで男子ホッケーのロシア戦に勝って浮かれるバンクーバー住民

ロブソン通りで男子ホッケーのロシア戦に勝って浮かれるバンクーバー住民

 2月24日の夜、バンクーバーのダウンタウンには真っ赤な洪水が押し寄せていた。オリンピックの男子ホッケーで、地元カナダがロシアを下したのだ。

カナダの国旗メイプル・リーフの赤い服を着た約10万人が母国の勝利に熱狂していた。その前の試合でアメリカに負けたので悲願のメダルは一瞬遠のいたが、ロシアに勝って4強に残ったわけだ(この後、カナダは五輪最終日にアメリカと再選し、延長戦で見事に金メダルをつかんだ)。

 オイラは集英社のスポーツ雑誌『スポルティーバ』の取材でバンクーバーを訪れた。日本選手の取材はあちこちのメディアでやるから、自分のテーマは「ホッケーとカーリングを通してカナダを考える」というもの。試合会場だけでなくホッケー・バーやカーリング場を訪れて地元の酔っ払いから説教されたり、自分でカーリングしてみたりの珍道中。3月5日に発売なので書店で見てください。

 地元からTBSラジオ「キラ★キラ」にも国際電話で生出演した。取材で見たり聞いたり感じたカナダの印象を話した。たとえばバンクーバーの交通機関スカイトレインに切符売り場はあるけど改札がないからみんなタダ乗りだとか、経済活性化のための五輪誘致なのにホッケー見るために仕事休んじゃう連中も多いとか、がむしゃらに金儲けしたい人はアメリカに行ってしまうとか。

 そしたら、ポッドキャストで聴いたカナダ在住の日本人からいくつかお叱りのメールをいただいた。

「町山さんの話だけ聞くと、カナダ人はみんなビールとハッパとホッケーしか興味のないボンクラばかりみたいです。ちゃんとまじめな働き者だっていますよ」

「バンクーバー人は確かにグータラだけど、他の地域のカナダ人はもっとまともです」

 すみませんでした。カナダ人はアメリカ人みたいに他国に攻め込まないし、戦争や紛争で他の国が困っている場合だけ助けに行く心やさしい国だから大好きです。

 で、ここでは日本では報道されないバンクーバーの夜について話そう。

 ロシア戦の勝利に浮かれる真っ赤な群衆はロブソン通りに集まって大騒ぎ。ロブソンはオシャレなブティックやレストラン、バーが並ぶ、要するに若い衆にいちばん人気のある通りだ。そこで、日本からオリンピックの取材に来ているK社の▲君とB社の■君と飲んだ。

 カナディアン・ビールを一人3パイントも空けると誰もオリンピックの話なんかしなくなる。

「カナダのウェイトレスってみんな可愛くないですか?」日本から来た2人は言う。

 そうかなー。君たちは開会式前からカナダ入りして早朝から深夜まで取材漬けで女の子に接してないから、みんな綺麗に見えるんじゃないの?

 てな話をしているうちにちょっと「色っぽい所」に行ってみようというノリになった。......これだから男ってやーね。

 でも3人ともバンクーバーは初めて。そういう時はまずタクシーに乗れ! タクシー・ドライバーはその街の裏の裏まで知ってるもんだ、と、タクシーを拾う。

 運転手さん、ちょっと、その、色っぽい場所知ってる?

「それならイエール・タウンに行けばいい。あそこにはストリップ・クラブがいくつかあるよ」

 運転手さんは30歳代なかば。パキスタン生まれで、ドバイの銀行で働いていたという。

「カミさんと一緒にカナダに移民して株式仲買人の資格を取った」

 カナダはアメリカよりも移民規制が緩く、貯金があれば移民しやすい。彼もそれなりに豊かなようだ。

「でも金融危機で証券会社は採用してない。だから就職できるまでタクシーやってる」

 え? 金融危機って最近じゃん。タクシー始めたのはいつ?

「こないだ」

 こないだって......タクシー運転手の試験には受かったの?

「試験はないよ。タクシー会社から車を借りれば誰でも始められる」

 ニューヨークのタクシー運転手はあの入り組んだ細かい道を全部暗記しないと試験に受からないというが......。しかし、カーナビもなくて大丈夫か? と心配しているうちにタクシーは橋を渡った。......橋?
 
「橋渡っちゃダメですよ!」 ▲君が焦った。「イエール・タウンは川のこちら側ですよ」

 運転手は「ごめん、ごめん」と、橋を渡ったところでUターンしてまた渡り返した。

「実は私、イエール・タウン、行ったことないんだ」

 あんたさっき、イエール・タウンに行けば飲み屋がいっぱいあるって言ったじゃん!

「それは友達から聞いた話で......あ、あそこにおまわりさんがいる。道聞こう」と運転手は警官を呼びとめてしまった。強面の警官が怪訝そうな表情で窓から車内をのぞきこんだ。

「何かトラブルか?」

「このへんにストリップ・バーとかあります?」

 警官は一瞬、「え?」という表情になったが、すぐにニヤっと笑って「ストリップ、いいねえ! わしも非番なら今夜は行きたい気分だ。詳しくは知らないが、その辺にあると思うよ。エンジョイ!」

 カナダが勝ったからおまわりさんもご機嫌みたい。

 道を知らないタクシーを乗り捨てて、うろうろ歩いた。「ペントハウス」というネオンが目に飛び込む。煉瓦造りの古い建物。看板には網タイツ姿の女性の絵が描いてある。ここ、行ってみよう!

 店内はやっぱ赤いホッケー・ジャージでいっぱいだった。ステージ前に席を見つけると、かぶりつきに座るホッケーのユニフォーム姿の客が振り向いて言った。

「その椅子は空いてないよ。僕の仲間がトイレから帰ってくる」

 彼の声は......声変わりしてない。

 鼻の下に赤い髭があるが、マジックで描いたニセ髭だ。顔には全然毛穴が見えない。ツルツル。

 兄ちゃん、年いくつ? と尋ねてみた。

「え? あ......じゅ、19だよ」

 19で女のアソコ見たり、ビール飲んでいいのかよ?

「ちょっと待ってよー、カナダは19歳で酒もタバコも許されてるんだよー」

 ユルい国だなー。でも、お前、ホントは19歳ですらないだろ。

「そ、そう言うあんたはいくつだよ」

 オレ? オレはお前らの親父の世代だよ。

「ウッソー! あんたこそ怪しいよ!」

 まあ、アジア人は若く見えるから。今でもアメリカでは酒買う時に免許証見られます。しかしこの店では入り口で客の年齢チェックしていなかった。

 席がないから立ってビール飲んでると、隣の男(30歳くらいの白人)が声をかけてきた。

「ヒドイ店だね」

 ああ、ガキに酒飲ませてやがる。

「いや、そうじゃなくて、さっきから誰もステージで踊ってないじゃん」

 そういや、そうだね。

「アメリカのストリップ・バーではノンストップで女の子が次から次へと踊り続けるものさ」

 アメリカに行くの? 車でちょっと南下すればシアトルだもんね。

「いや、オレ、シアトルから来たんだ」

 アメリカ人なのか! でも、真っ赤な服着てるじゃん。

「今夜は赤い服着てないと殴られそうなムードだからね。カナダ人のフリしてるんだ」

 いんちきカナダ人か! で、どの競技を観に来たの?

「いや、オレはオリンピックには興味ない」

 じゃあ何しに来たの? 仕事?

「オリンピックで女の子が集まってるからさ」

 ナンパするの?

「いや、その、カナダはね、その、お金による男女交際がね、合法なんだ。個人間で取引する限りはね。で、クレイグス・リスト(インターネットの掲示板。あらゆる物の売買の個人広告であふれている)を見てごらん。オリンピックの観光客目当ての女の子が1000人以上バンクーバーに集まってる。競争が激しいから値段も安くなってるよ」

 ああ、これだから男ってイヤ!

 で、ステージにはいつまで経っても女の子が登場しないし、これから10時間以内に「スポルティーバ」の原稿を送らないと落ちるのでホテルに帰りました。

 酔い覚ましにレッドブル3本飲んで、ヒーヒー泣きながら徹夜で原稿書き上げて、夕方から女子フィギュアの決勝を会場で観たらもう真夜中。ホテルまでタクシーを拾ったのだが、またダメな運転手で、何ブロックか手前で降ろされて夜道を歩かされた。

 タクシーは道知らないし、ガキが酒飲んでるし、ストリッパーはサボってるけど、夜道をトボトボ歩いてても安全だからバンクーバーって好きさ!

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

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