コラム

隣国の新大統領をこき下ろす

2012年07月19日(木)14時35分

「ニューズウィーク」には、時折りどきっとする大胆な記事が掲載されます。本誌日本版7月18日号の「メロドラマ大統領が誕生」も、そんなひとつです。

 メキシコの大統領選挙で初当選したエンリケ・ペニャ・ニエト前メキシコ州知事を取り上げ、どんな人物か紹介しています。

 これがまあ、私生活の暴露から知識の欠如ぶりなど、これでもかとばかりに悪口を書き連ねています。たとえば、次のように。

「アメリカのジョン・F・ケネディ元大統領やジョン・エドワーズ元上院議員を彷彿させるとの声もある。彼らのように聡明だからではなく、彼らと同じくハンサムで女好きだからだ」。

 ジョン・エドワーズ元上院議員が果たして「聡明」かどうか、いささか疑問ですが、ニエト新大統領をからかうために引き合いに出されたのですね。

 ニエト新大統領はメキシコの最低賃金額を知らない(日本の総理や政治家は東京の最低賃金額を知っているのかしらん)、メキシコの主食トルティーヤの値段も知らない(日本の政治家はコメの値段を知っているのか...)と、その無知ぶりを笑います。

「そもそもペニャ・ニエトはなぜ政治家になれたのか」。こんな文章が登場するのですから、この記事の筆者のスタンスは明確です。「おじも名付け親もメキシコ州知事だった彼は、政界との関わりが深い一族の出身」だからだというのです。政界との関わりが深い人物が政治家になってはいけないのでしょうかねえ。

「中身は空っぽの人物なのに、極めて強力な利権を代表しているのは非常に懸念すべき事態だ」との大学教授のコメントも紹介されています。

 ニエトが所属する政党は「制度的革命党」(PRI)。「00年に政権を失うまで、71年間メキシコを支配したPRIは利権まみれで、麻薬密売組織とも取引していた」と、この記事は指摘します。

 PRIが政権を失ってから、新政権が麻薬組織の取締りを本格的に始めたことは確かですから、PRIが政権に復帰することへの懸念が生まれるのは当然のことでしょう。

 しかし、これまでの政権の麻薬取締りの手法が多数の死者を生み出し、国民がうんざりしていた事実もあります。それを書かないで、新大統領をあげつらうのは、いささかバランスを欠いた記事だと思うのですが。

 アメリカのニュース週刊誌が、隣国の新大統領をこき下ろす。なんだか"上から目線"を感じてしまいます。こんな大統領を選んだメキシコ国民への侮蔑意識も見える気がします。

まあ、自国の元大統領であるケネディについても、「ハンサムで女好き」と表現するのですから、あらゆることに批判的であるジャーリズム精神あふれる記事と評価できなくもないのですが...。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CB消費者信頼感指数、2月は91.2に上昇 雇用

ワールド

ウクライナ大統領「独立守った」、ロ侵攻から4年 G

ワールド

米、重要鉱物価格設定にAI活用検討 国防総省開発

ビジネス

AIが雇用市場を完全に覆すことはない=ウォラーFR
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 3
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 4
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 5
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 6
    3頭のクマがスキー客を猛追...ゲレンデで撮影された…
  • 7
    「極めて危険」──ゼレンスキー、ロシアにおける北朝…
  • 8
    IMF、日本政府に消費減税を避けるよう要請...「財政…
  • 9
    「IKEAも動いた...」ネグレクトされた子猿パンチと「…
  • 10
    武士はロマンで戦ったわけではない...命を懸けた「損…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 3
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 4
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 5
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 9
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 10
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story