コラム

「ビットコイン」の盗難事件で仮想通貨は終わるか

2014年02月26日(水)15時24分

 インターネット上の仮想通貨「ビットコイン」の最大手の取引所、「マウント・ゴックス」がサービスを停止した。いまだに公式の説明はないが、東京に本社を置く同社のホームページには、日本時間の26日早朝に次のようなメッセージが掲載された。


 最近の報道とマウント・ゴックスの営業と市場に対する影響を考慮して、サイトと利用者を保護するために当分すべての取引を停止する決定が行なわれた。状況を仔細に監視して対応する。


 ネット上には"Crisis Strategy Draft"と題した出所不明の文書が流れているが、同社はその内容を否定していないので内部文書と思われる。それによれば、システムの欠陥を悪用した犯罪で74万4408BTCが盗まれたという。BTCはビットコインの通貨単位で(本稿を書いている段階で)1BTC=約5万7000円なので、これで換算すると約424億円。マウント・ゴックスはビットコインの7割を取引していたが、これで「破産する」と内部文書は認めている。

 これは仲介機関の破産で、ビットコイン自体のサービス停止ではない。他の大手6社が「ビットコインの取引は正常に続いている」という共同声明を出したが、マウント・ゴックスは何も説明せず、各国政府も調査に乗り出した。ビットコインの信用は失墜し、換算レートはピーク時の1BTC=12万円台から5万円台まで暴落した。

 盗難の原因は、内部文書では"transaction malleability"としている。詳細は不明だが、ビットコインのシステムの既知のバグ(一時的にIDを偽って取引できる)だといわれている。これを使って何者かが架空の取引を行ない、マウント・ゴックスの管理者がそれに「数年間気づかなかった」と内部文書は書いている。これが事実だとすれば、ビットコインの信頼の回復は不可能だろう。

 今回の事件は、金融を支える「信用」の本質を示している。不換紙幣が金と交換できない紙切れにすぎないように、仮想通貨は暗号化された文字列にすぎない。その文字列に価値がなくても、他の人がそれを通貨として受け入れる限り通貨として使えるが、逆にいうと、いかに完璧な技術であっても人々が信用しなければ通用しない。

 かつてハイエクは『貨幣発行自由化論』で、通貨の発行権を民間企業にも与えるよう提案した。民間の通貨でも、信用ある企業が発行すれば中央銀行券と同じように使える。中央銀行も初期には民間企業であり、国家が通貨発行を独占する理由はない。政府はつねに「輪転機をぐるぐる」回してインフレで債務を減らすインセンティブをもつので、国債発行と通貨発行は切り離すことが望ましい。

 しかし、そういう民間通貨は世界のどこでも成功したことがない。インターネット上で流通する仮想通貨も多くのシステムが開発されたが、ほとんど実用にはならない。データは暗号で保護できるが、その最終的な信用を担保する中央銀行がないため普及しないのだ。信用を維持するためににカード状の「電子マネー」にして日銀券とリンクすると、その決済を銀行が独占する。

 銀行は高い決済手数料を取っているが、ビットコインのようなP2P(直接取引)は金融仲介費用をなくしてインターネット上の取引を少額でも可能にする。しかしユーザーがすべてのリスクを負うので、今回のように盗難にあうと賠償できず、政府が救済もしない。匿名性が高いので犯罪や資金洗浄に使われやすく、政府が使用を禁止したら終わりだ。そういうリスクが決済手数料より小さいと多くの人が思わない限り、普及しない。

 かつてインターネット自体も国家を超えると思われたが、その不正利用を防ぐ制度は国家にしかできなかった。国家を超えるグローバルな仮想通貨は、インターネットの草創期のeCashのころから、アナーキストの見果てぬ夢である。それは人類が善良で賢明になればできるのかもしれないが、その日ははるかに遠い。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、FRBに利下げ再要求 米経済は「移行段

ビジネス

米雇用統計、4月予想上回る17.7万人増 失業率4

ワールド

英地方選、ファラージ氏率いる反移民右派が躍進 補選

ワールド

ドイツ情報機関、極右政党AfDを「過激派」に指定
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story