コラム

「放射能ヒステリー」が被災地の復興を阻害する

2012年02月10日(金)14時18分

 東日本大震災の被災地からの瓦礫の受け入れをめぐって、全国で自治体と住民の対立が起こっている。今のところ自治体として受け入れを正式決定したのは、東京都と山形県だけで、神奈川県の黒岩知事は受け入れを表明したが、処分場の地元である横須賀市の町内会が反対している。

 秋田県では「放射能を拡散させない市民の会」なる社民党系の団体が、全国の反対運動を結集して瓦礫を拒否するよう呼びかけている。瓦礫の試験焼却を行なう静岡県の島田市では、広報紙に掲載されたこんな投書が話題を呼んだ。

「今する支援は避難者の受け入れ、これ以上の放射性物質を増やさないことです。子供は大人の何十倍も放射能の影響を受けてしまうのに、あなたは子供にも強要するなんて瓦礫利権の金目当ての腐った人です」。

「もはや、岩手県は日本の敵である。人にお願いをする時は静岡県民一人一人に頭を下げるべきなのに、偉そうな態度で上から目線で当たり前だと思っている。もはや人間のクズである」。

 自治体もこうした感情的な反発におびえて受け入れを先送りし、地元で公聴会を開いている。こうした公聴会に来るのは反対派なので、「絶対安全といえるのか」といった質問に自治体側が立ち往生し、島田市ではいまだに受け入れが決まらない。

 しかし被災地からの瓦礫をすべて拒否するのは非科学的だ。いま瓦礫が問題になっている岩手県宮古市から福島第一原発までは約260kmで、東京からの距離とほぼ同じ。宮古の空間線量も関東地方と変わらない。被災地では膨大な瓦礫の焼却で発生した灰や汚泥が処分場にあふれ、まもなく処理が不可能になる。他の地域に移動して焼却・埋め立て処分をしないと復旧もできない。

 しかも移動する瓦礫は100ベクレル/kg以下のものに限っており、地中に埋めてシートでおおい、砂で埋めるので、放射性物質の吸入による内部被曝はありえない。すでに受け入れている東京都の測定したデータでも、むしろ東京のゴミのほうが放射性物質の濃度が高い。被災地の迷惑を考えないで「自分だけはリスクゼロにしたい」というのは、何の大義もない地域エゴである。

 さらに厚生労働省は4月から、食品中の放射性セシウムの規制を現在の500ベクレル/kgから100ベクレル/kgに強化する方針だ。これは年間750kg食べると被曝線量が1ミリシーベルト/年(自然放射線より低い)になる濃度である。福島県産の農産物ばかり毎日2kgも食べ続ける人がいるのだろうか。この基準に従うと、原発の周辺だけではなく、福島市まで水田の作付けができなくなる、と地元の農家は批判している。

 原発に反対か賛成かという立場と、放射線のリスクは別の問題である。反原発派の河野太郎氏もブログで「震災がれきの受け入れに賛成する」と表明し、大阪市の橋下市長も受け入れの方針を打ち出した。放射能への過剰反応が被災者を苦しめ、二次災害を拡大している。大事なのはリスクを冷静に評価し、1日も早く被災地を復興することである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ケネディ氏、妊婦のタイレノール使用と自閉症の関連報

ワールド

中国がハイペースで原油備蓄、世界的余剰吸収=S&P

ビジネス

中国レアアース輸出、8月は前月比3.4%減

ワールド

リフォームUK党首、政権獲得準備を表明 「英国を再
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給与は「最低賃金の3分の1」以下、未払いも
  • 3
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接近する「超巨大生物」の姿に恐怖と驚きの声「手を仕舞って!」
  • 4
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 5
    コスプレを生んだ日本と海外の文化相互作用
  • 6
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 7
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 8
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 9
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 10
    「日本語のクチコミは信じるな」...豪ワーホリ「悪徳…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 5
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 6
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 7
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 10
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story