コラム

民主党がスティーブ・ジョブズに学ぶべきこと

2011年08月25日(木)17時49分

 民主党の代表選挙は、事前の予想に反して前原誠司氏が一番に名乗りを上げ、これに対抗して小沢一郎氏の意中の人が立候補する展開になりそうだ。前原氏も政策を発表する前に「小沢詣で」をするような状態では、また菅直人首相のように「闇将軍」支配のもとで何もできないだろう。小沢vs反小沢という構図はここ20年にわたって日本の政治を混乱させてきた。これを変えない限り、日本の政治は正常化しない。

 他方、アップルのCEO(最高経営責任者)スティーブ・ジョブズが退任を表明し、後継者にCOO(最高執行責任者)ティム・クックを指名した。アップルは、民主党や自民党とは対照的な、シンプルでわかりやすい組織である。企業戦略はジョブズが一人で決め、経営陣はそれを実行に移すだけだ。ジョブズはアップルの創業者で大株主でもあるので、会社を所有する株主が経営も行なう古典的な資本家である。

 今までの常識では、こういうワンマン経営は19世紀の個人商店のやり方で、アップルのような大企業を経営するのは無理だといわれてきた。株主は資金をもっているが経営の専門家ではないので、「所有と経営」を分離してプロフェッショナルなCEOが経営するのが普通だった。

 ところが最近、業績のいい会社では、所有と経営が一致していることが多い。アップルのライバルであるグーグルも、創業者のラリー・ペイジがCEOに就任した。他方マイクロソフトでは、創業者のビル・ゲイツが経営の一線を退いたあとは株価が低迷し、スティーブ・バルマーCEOを交代させろという株主の圧力が強まっているといわれる。

 日本でも、ユニクロ(ファーストリテイリング)やソフトバンクなど成長している企業はオーナーが経営しているし、任天堂もオーナー型だ。多くの事業部や子会社を抱えた大企業は業績が悪化し、モトローラやHPのように事業部門を切り離す動きが強まっている。

 これは経済学でよく知られているエージェンシー問題である。株主は経営のプロではないが、自分の出した資金からなるべく多くの収益を上げたいと思っている。他方、経営者は株主のエージェント(代理人)だが、彼が使うのは自分の金ではないから、利潤が上がらなくても売り上げを増やして規模を拡大したいと思うことが多い。

 このように株主と経営者の利害が一致しないとき、個人株主が広く分散していると経営者をコントロールできないため、経営陣はキャッシュフローを浪費して多角化したり子会社をつくったりする傾向が強い。こうした非効率的な経営を防ぐには、株主が経営陣に圧力をかけて不採算部門を売却させるか、逆に経営陣が企業を買収するMBO(Management Buyout)のような手法で所有と経営を一致させるしかない。

 しかしコンピュータのようなグローバル産業では、iPhoneのような一つの製品だけでも全世界に売れば1億2000万台以上も売れ、アップルのように5種類の製品しかつくっていなくても400億ドル以上の売り上げを上げることができる。こういう会社では、創業者が自分の知っている範囲だけで経営することによってエージェンシー問題を防ぎ、個人のセンスを生かした個性的な製品をつくることができる。

 日本の企業は、所有と経営の分離の手本といわれてきた。それは高度成長期には、労働者が長期的な視野から経営者に協力して利益を上げ、株価も上がったからだ。しかし会社の成長が止まると、こういう長期的関係にもとづく協力関係はむずかしくなり、エージェンシー問題が表面化する。日立や三菱重工のように多くの部門や子会社を抱える巨大企業は、収益が悪化した部門を切るに切れない。

 同じことが政治にも起こっている。政党の分配する資金や利権が潤沢だったときは、党首に実権がなくても、政策は官僚に丸投げし、派閥に政治資金を分配すれば政治は回ったが、政治資金が逼迫してくると小沢氏のような「オーナー」の資金力がものをいうようになる。彼が代表になれないと、実質的な権力と名目的な権力(代表)の対立が大きくなり、党首が頻繁に交代する。これによって党首の力がますます低下して、エージェンシー問題が深刻化する。

 企業の場合は、この解決策は二つしかない。オーナーである小沢氏がCEOになるか、企業を分割して小沢会社・非小沢会社の二つになるかである。おそらく民主党の場合も、長い目で見ると、どちらかの解決策しかないだろう。民主党も自民党も異質な政治家の寄せ集めであり、これを政策を軸にして再編し、本来のオーナーである有権者の意思を代表するエージェントが首相になるまで、政治の混迷は続くだろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ和平交渉が2日目に、ゼレンスキー氏と米特

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶

ワールド

タイ、2月8日に総選挙 選管が発表

ワールド

フィリピン、中国に抗議へ 南シナ海で漁師負傷
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story