コラム

NTTを100%民営化して「普通の会社」にしよう

2011年07月28日(木)19時43分

 原発事故をきっかけに電力自由化が論議を呼んでいるが、通信自由化も前進するかも知れない。第3次補正予算の財源として、政府の保有しているNTT(日本電信電話)株を売却する話が、民主党内で出ているという。政府はNTT株の33.4%を持っており、きょう現在の時価総額は約1兆8000億円になる。これをすべて売却すれば、苦しい復興財源の助けになるというわけだ。

 しかしNTTが政府のコントロールを完全に離れると規制がむずかしくなるので、1株でも拒否権をもつ「黄金株」を政府がもつ案が検討されている。これはイギリスでBT(イギリス通信会社)が民営化されたときと同じ方法だが、イギリス政府は1997年に黄金株も放棄して、BTは完全な民間企業になった。それから14年たって、日本ではようやくNTTを「独り立ち」させる検討が始まったわけだ。

 これまで政府は最大の株主であっても、拒否権を行使したことはない。NTTの株式を政府が大量保有しているのは民営化の精神に反するとして、これまでにも売却する案が何度も出たが、株式市場への影響などを懸念して見送られてきた。その結果、政府はNTTの株主として株主価値の最大化を求める立場と、規制当局として(株価が下がっても)NTTの経営を拘束する立場を兼ね、この矛盾した役割がNTTの経営合理化をさまたげてきた。

 総務省はNTTの役員人事に介入して天下りを送り込み、経営計画にも口を出してきた。NTTの経営は実質的に監督官庁の意向で決まるため、NTTグループには役所と交渉する規制担当の社員が100人近くいる。たとえば長距離回線の接続料が1円上がるだけで年間では数百億円の増収になるが、現場の営業マンがいくらがんばっても、年間の売り上げは一人あたり数億円がいいところだろう。つまり規制部門の一人あたり収益は通信ビジネスよりもはるかに高いので、そこにエリートが集められるのだ。

 しかし、このように規制を有利にしてもらうことによってNTTが得られる利益は、他社の損失になるだけで、経済全体としては何も生産していない。このような非生産的なロビー活動をレント・シーキングと呼ぶ。規制の最大の弊害は、それによって通信業者がビジネスよりもレント・シーキングに努力するようになることだ。

 日本ではNTTの分割を求める官僚とNTTを守ろうとする財界との間で、1985年の民営化以来、25年以上も戦いが続いてきた。定期的に経営形態が見直されることになっているが、1997年に両者の妥協の結果としてできた持株会社方式は、インターネット時代に長距離電話会社と市内電話会社を分割する最悪の結果になり、東西会社は(NTTコミュニケーションズを通さないと)隣の県との通信もできない。

 他方で通信技術は急速に進歩し、固定電話網は経営の重荷になってきた。今ではNTTドコモが連結営業利益の7割以上を稼ぐ一方、グループ社員の6割は東西会社にいるといういびつな収益構造になり、赤字の電話部門の余剰人員の賃金をドコモが肩代わりし、それを高い通信料金として利用者が負担している。

 さらに問題なのは、このような政治と一体化した経営によってイノベーションが阻害されていることだ。特にひどいのは携帯で、端末もサービスも「ガラパゴス化」してまったく国際競争力がなく、最大の成長市場である中国からもベンダーがすべて撤退した。この根っ子にあるのが、NTTファミリーに代表されるITゼネコン構造と呼ばれる系列下請け構造である。

 東京電力と同じく、NTTの通信業界における権力は圧倒的である。NTTが仕様を決め、その製品を大量にまとめて買い上げる構造になっているため、納入するベンダーはリスクなしで確実に利益を出すことができる。このため、世界市場で闘うよりも楽な下請けとしてNTT仕様の製品を製造することに慣れてしまったのだ。

 NTTが完全民営化されても、こういう構造が改まる保証はないが、経営者が自分の会社の経営形態も決められないようでは、グローバル戦略もイノベーションも生まれない。もちろん今のままのNTTを完全に自由にしたら独占の弊害が強まるので、過渡的には黄金株で規制する必要はあろう。しかし最終的には、NTTが100%民営の「普通の会社」になるための制度設計を考えるべきだ。

 そのとき重要なのは固定電話の経営形態ではなく、ドコモの分離だろう。今や無線は固定電話の補完ではなく、それと競争するインフラである。ドコモの株式をすべて公開し、ドコモがMBO(経営者による自社株買収)でNTTグループから自立すれば、(固定電話の)NTTの最大のライバルになるだろう。このような有線と無線のプラットフォーム競争を実現することが、日本の情報通信全体の活性化になると思う。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英独首脳、自走砲の共同開発で合意 ウクライナ支援に

ビジネス

NY外為市場=ドル一時155円台前半、介入の兆候を

ビジネス

米国株式市場=S&P上昇、好業績に期待 利回り上昇

ワールド

バイデン氏、建設労組の支持獲得 再選へ追い風
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story