コラム

政治の「失われた20年」はいつ終わるのか

2010年09月02日(木)16時15分

 民主党の代表選挙に、小沢一郎氏が立候補した。マスコミの評判では「政治とカネ」の問題を抱える彼に否定的な意見が圧倒的だが、ネット上の意見は違う。たとえばロイターの人気投票では小沢氏がややリードしており、ブログなどの記事でも小沢氏を評価する意見が多い。民主党内でも、国会議員票では小沢氏の優勢が伝えられる。

 これは実行力のない菅首相に対する批判票と見ることもできるが、剛腕として名高い小沢氏に一度やらせてみたいという「恐いもの見たさ」もあるのではなかろうか。たしかに彼の「壊し屋」としての実績は比類ないものだ。特に1993年に離党して内閣不信任案を出すという荒技で自民党の長期政権を倒し、細川政権をつくった小沢氏の功績は歴史に残るだろう。そのころ小沢氏の政治宣言として出版された『日本改造計画』は、次のようなグランドキャニオンについての印象的な記述で始まる:


国立公園の観光地で、多くの人々が訪れるにもかかわらず、転落を防ぐ柵が見当たらないのである。もし日本の観光地がこのような状態で、事故が起きたとしたら、どうなるだろうか。おそらく、その観光地の管理責任者は、新聞やテレビで轟々たる非難を浴びるだろう。[・・・]大の大人が、レジャーという最も私的で自由な行動についてさえ、当局に安全を守ってもらい、それを当然視している。これに対して、アメリカでは、自分の安全は自分の責任で守っているわけである。


 これは80年代に英米で始まり、日本でも国鉄や電電公社の民営化によって進められた「小さな政府」をめざす改革を進めるという宣言だった。しかし細川内閣をつくったあとの小沢氏の判断はすべて裏目に出て、非自民連立政権は10カ月で崩壊し、政党の離合集散が繰り返されて政治の「失われた20年」が続いてきた。その混乱をすべて彼のせいにする「小沢史観」は安易だが、彼が的確な判断をしていれば政権交代はもっと早く定着していただろう。

 小沢氏といえば「権力の亡者」とか「マキャベリスト」といった印象が強いが、90年代の彼はむしろ過剰に原則的で、社会党を排除して自民党を分裂させ、右派政権をつくろうとした。このため権力の座を守ろうとする自民党に裏をかかれて無原則な自社さ政権を許し、自由党も連立によって自民党に換骨奪胎されてしまった。

 こうした失敗にこりたのか、自由党が民主党と合併したころから、小沢氏はバラマキ路線に舵を切る。それは政権奪取のための戦術的な転換なのか、それとも彼の政治的な父親だった田中角栄の手法への回帰なのかは不明だが、結果的にはこうした戦術によって民主党は自民党に匹敵する集票基盤と組織力をもち、政権を奪取することができた。その過程で小沢氏は党内でも「最大派閥」の主となった。

 刑事事件で傷を負った闇将軍が「党内党」を率いて闘う構図は、かつての田中派を思わせる。2009年マニフェストを厳守して子ども手当などのバラマキを復活させようとする小沢氏の姿は、日本の古い政治の典型のようにも見える。政治とカネの問題を十分説明していない彼が、首相になって憲法の規定によって起訴をまぬがれるとすれば、重大な問題になる可能性もある。

 それでも多くの人が小沢氏に期待を寄せるのは、経済が行き詰まったとき強いリーダーを求める「賭け」だろう。これは会社の経営と似ている。かつて世界から賞賛された「日本的経営」は、実は経営者は何もしないで勤勉な労働者にただ乗りするシステムだった。業績が順調なときはそれでいいが、経営が行き詰まって大きく方向転換しなければならないときは、コンセンサスで決めようとすると何も決まらない。指導力のあるリーダーが判断して、失敗したら責任を取るしかない。

 小沢氏が代表選で「政治主導」を強調したのも、そういう意味だろう。この点は90年代から一貫している。おそらく今回が、小沢氏の最後のチャンスだろう。彼が首相になるのか、またなったとして期待されているような果断な政策を実行できるのかどうかはわからないが、何もしないと日本の政治・経済は立ち直れなくなるおそれが強い。これは日本にとっても最後の賭けである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

五輪=CAS、「追悼ヘルメット」のウクライナ選手の

ワールド

米大統領上級顧問、鉄鋼・アルミ関税引き下げ計画を否

ワールド

ドイツ首相、米欧の関係再構築呼びかけ 防衛力強化の

ワールド

OPECプラス8カ国、4月からの増産再開を検討=関
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベルの「若見え」な女性の写真にSNS震撼
  • 4
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 5
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    毛沢東への回帰? それとも進化? 終身支配へ突き…
  • 8
    「ドルも弱い」なのになぜ、円安が進む? 「ドル以外…
  • 9
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 10
    「賢明な権威主義」は自由主義に勝る? 自由がない…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story