コラム

吾輩は不機嫌である

2013年11月12日(火)10時23分

 天安門広場のあの衝撃的なジープ炎上事件から2週間。だが、当局がメディア報道に規制を敷いているせいもあってか、すっかり人々の話題から消えている。表面的には当局による「テロ」、そして「犯人死亡、及び共犯者たち5人を逮捕」という発表のあと収束してしまった感じだ。

 もちろん、経験豊かなメディア関係者や有識者からは疑義は出ている。だが現状もよくわかっている。ジープの運転者がウイグル人だったことから必ず新疆ウイグル自治区の事情を語らざるを得ないが、チベット、ウイグル、台湾などの領土問題は今、中国政府が最も神経を尖らせているイシューであり、下手に触れれば自分が木っ端微塵にされてしまうことを。

「テロ」の定義付けは、アメリカの911事件以降、中国政府にとって大事なカードになった。そして当局は国内外両面向けにこのカードをそれぞれ使い分けている。

 911発生当時はテレビに流れる事件の様子を見ながら手を叩いて喜んだ中国人も少なからずいた。当時の一般庶民には海外出国のチャンスは今ほど多くなく、多くの人たちがテレビに流れる光景と戦争ドラマの差をそれほど感じていなかった。それほど外国は「遠い世界」だったのだ。一方で政府系メディアでも「それ見たことか、世界の警察などと気取っているからだ」という「アメリカ自業自得論」あるいは「高みの見物」的な「してやったり」的な表現が少なからずあった。冷戦思想を引きずったまま、超大国アメリカが攻撃されたことを論ずる、そういうムードが社会にあった。

「テロ」は中国語で「恐怖襲撃」と訳される。その後、メディア上に「恐怖襲撃」の文字がたびたび現れるうちに、人々はそこから「恐怖」を煽り、それを引き起こす者(「襲撃者」)に対する「怒り」が重ねた。「テロ」は無辜の「我々」を狙い、生活を破壊するもの――文字のイメージから人々がはっきりと「テロ」を嫌悪し出したのは911よりもずっと後のことだ。人々は今では一旦「恐怖襲撃」と聞くと眉を寄せ、不快な表情を浮かべる。(余談だが、「だから911は中国人にとって『テロ』ではなかったのだ、だって彼らはそれを『恐怖襲撃』だと認識していなかったのだから」という声もある。)

 一方、国外においては、911以降「テロ」との徹底抗戦を打ち出したアメリカ、及びその同盟国である西洋先進国に対して中国はこのカードを使って仲間入りをさせてもらおうとする。いや、一緒になってイラクを叩こうだの、アフガンに出兵しようだのというつもりは毛頭ないが、「我々もキミたちと同じようにイスラム系のテロに狙われている国だ」としっぽを振るために使われている。

 だから、新疆でたびたび起こっている暴力的な衝突、あるいはそこへ投入される取り締まり行為に対して、中国政府は簡単に「テロとの戦い」と形容する。天安門の事件も詳細が公表される前から「テロ」と定義づけられ、5人の容疑者が捕まるとテレビや新聞などのメディアだけではなく微博のダイレクトメールまで使って人々に通達した。最近人気の、「Line」によく似た携帯メッセージングサービス「微信」でも、フォローもしていない公安のアカウントからやはり事件収束を伝えるメッセージを受け取ったという人もいる。当局が隅々まで「テロ事件の解決」をイメージ付けようと躍起になっている様子が伺える。

 だから、アメリカのCNNやイギリスのBBC、そしてガーディアンなどがその報道でいつまでたっても「中国当局が『テロ』と称する...」という、カッコ付きの物言いを続けたことに、中国外交部は激怒した。国有テレビ局中央電視台も各国での報道を取り上げて、「自分たちへの攻撃はテロと呼ぶくせに、CNNなど西洋メディアは二枚舌だ」と激しく罵った。傍から見ていると、国家機関がいちいちそんなことに反応するのにも驚くが、そのこぶしの振り上げ具合に、「テロ」という自分たちの判断を西洋諸国に受け入れてほしい、という「熱い」思いが透けて見える。もちろん、西洋メディアはそれぞれ「テロ」との断定に疑問点をあげて論じているのだが、国内向けでは当然そこには全く触れず、逆にムキになって憤る様子には辟易させられる。

 だが、山西省共産党委員会ビル入口で起こった爆発事件では、爆発物に鉄の玉や釘が混ぜられていたことがわかっており、爆発による殺傷力増強を狙った点では十分に「テロ」と呼ぶにふさわしい。しかし、中国人男性が容疑者として捕まったが、今に至るも当局は「テロ」という言葉を一言も使っていない。「テロ」でないとしたら、そんな行為に走ったのはなぜなのか。男性は「社会に対する不満を抱えていた」としか伝えられておらず、実際に何が彼に社会に対する不満を抱かせるに至ったかは公表されていない。

 不満。不機嫌。不愉快。天安門だろうが、山西省だろうが、ウイグルだろうが、とにかく中国全土にそんな気分が充満しているのか。いや、中国国内だけではない、なぜかこのところ、中国の関係者は不機嫌なことだらけのようだ。

 ロサンジェルスで今週日曜日、ABCテレビ前に在米華人が集まり、抗議デモが行われた。きっかけは先月16日に放送されたトーク番組『ジミー・キンメル・ライブ!』。同月前半にシャット・ダウンとなったアメリカ政府を皮肉り、「議員はみんな子供と同じか」という風刺を込めて番組に4人の6歳前後の子供を集めて円卓会議を開いた。進行役のジミー・キンメルが「今日は政治の話をしよう」と子供たちに言い、「アメリカは中国に1.3兆米ドルもの借金がある。どうやったらそれを返せるだろう?」と尋ねた時に、6歳のブラクストンくんが真っ先にこう答えた。「Kill everyone in China! 中国にいるみんなを殺しちゃえ!」

 それを受けたジミーは笑いながら「中国にいるみんなを殺す? ...そりゃinterestingな考えだねぇ」と、次の子を指名。「中国の周囲に壁を作って誰も取り立てに来れないようにする」などの意見が出た後、最後にジミーの「お金は返すべきかな?」に一同が声を揃えて「もちろん!」、「中国人を活かしてあげるべきだよね?」にも「もちろん!」と声が上がったが一瞬ブラクストンくんだけが遅れて笑いながら「No〜!」と叫んでいる。するとさらにちょっと年長の女の子が、「彼らをみんな殺しちゃったら、誰もあたしたちにお金を貸してくれないわよ」と説明したところで、ジミーがこの話題を打ち切った。やりとりはYouTubeで観る(中国語字幕付き)ことができる。

 この「中国にいるみんなを殺しちゃえ!」が、番組を見ていた一部の在米華人たちの怒りに触れた。「『中国人を殺せ?』 テレビ局がなんて言葉を流すんだ!」「子供の言葉であっても、大人の進行役のジミーがなぜそれを戒めない?」と、アメリカ各地のABCテレビ局ビル前でデモが組織された。2週間後にジミーは番組で、「ぼくは番組であの子の言い方に賛成しない態度をはっきり示したと思ったが、そう感じなかった人もいるようだ。その結果、不快になった人もおり、そのことに対して申し訳なく思っている。誰かを不機嫌にすることが目的ではなかった」と謝罪。また実際にテレビ局前に集まっていた抗議者の代表とも面談、人々の前にも姿を表して謝罪した。

 だが、その後も抗議行動は続いている、という。規模はすでにそれほどではないが、デモ隊の要求は今では「ABCは謝罪しろ」「番組を打ち切れ」「ジミーは辞めろ」「ジミーをクビにしろ」とエスカレート。さらに中国国内にも件の発言が「中国人を皆殺しにしろ」と翻訳されて伝わり、YouTubeに流れているビデオを見ないままにそれをジミー自身が言ったかのように書かれたブログやネットの書き込みを読んで、さらに激昂する人も出てきている。

 実際には、「6歳の子供の言葉にここまで激昂する必要はないだろう。子供っていうのはそういうものだ」という意見もある。さらに「あの番組に、中国人とアメリカ人の子供に対する教え方の違いを見た。頭から『ダメだ』を押し付けるのではなく、どうしてそう思うのかを尋ね、さらにどうしてそれがダメなのかを説く。そうして考えさせるのだ」という声もある。また「こうして黒人も差別と闘ってきたのだ」とこの抗議活動を正当づける声に対して、「そう。でも忘れるな、黒人はまったく仕事のチャンスもなく、バスの上でも差別される生活から権利を求め続けてきた。一方中国人はこれまで本当の意味で奴隷になったことはない。だが、自分たちの『主人』に対して中国人が堂々と胸を張ってきたことがあるだろうか?」と、ある海外経験豊かな中国人ジャーナリストは書いている。

 さらに「学校で日本人を殺せなどとうそぶく教師だっている。ネットにはそんな発言がゴロゴロ転がっている。そんな環境で暮らすぼくたちが他国の子供のことをとやかく言えるのか」という指摘もあちこちに出始めた。こんな冷静な分析が出てくれば、少なくともこの事件があまり国内で騒ぎ立てられると、中国当局にとってやぶ蛇になりかねない。今のところ、中国当局は騒ぎに乗らず煽りたてることなく見守る方針、あるいはすでに一部の過激行動を抑えているようにも見える。

 だが、ツイッターは海外在住者と直接つながっていることもあり、まだまだデモの様子も流れてくるし、意見や反論も飛び出してくる。ジミーの謝罪後にもABCトップの謝罪だの、ジミーの辞職だの、番組打ち切りだの、もともとお笑い番組を相手にいつまで冗談の分からない要求が続くのかなと思いつつ、それらを眺めていた時に流れてきた次のツイートはずばり、この事態を見守る人たちの気持ちを言い当てているのではないか。

「冗談もわからない。なにかあるとキリキリして、やつらが自分の命を狙っていると考える。ただのジョークがちょっと度を越したくらいで、怒りの火を燃え上がらせ、恨みを忘れず何かあると持ちだしてコケにする。なによりも...キミはそんなやつと友だちになりたいかい?」

「吾輩は不機嫌である」。友だち...にはちょっと敬遠されているかもしれない。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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