コラム

「独二代」

2012年03月20日(火)17時26分

 これを書きかけたときに、薄煕来「元」重慶市党委員会書記が「双規」に問われた、という噂が流れてきた。以前書いた、片腕の王立軍が引き起こしたアメリカ領事館駆け込み事件が、3月に開かれた「両会」、全国政治協商会議と全国人民代表大会(全人代)の閉幕直後に薄氏の書記解任につながり、その後1週間もたたないうちにこの噂だ。とうとう「太子党」に代表される「官二代」の政争が勃発したのか。

 それにしても、全人代の重慶市トップ記者会見では最前線で熱弁をふるって集まった人たちを驚かした薄氏の、わずか10日のうちの大変遷ぶりはどうだろう。かつて激しい政争に巻き起こまれて浮沈を繰り返した、彼らの親たちの代を見るようだ(とはいえ、今では歴史の被害者のように語られる彼らも、当時その当事者であったことは忘れてはならない)。親の因果が子に報い...と言うのは簡単だが、お国の特殊性から狭い世界に生きるしかない彼らは永遠にそれを繰り返し続ける運命を担っているかのようだ。

 胡錦涛主席、そして温家宝総理という「胡温体制」ももう終わりが見えている今年の「両会」ではそのせいで大して話題になる議題もなかった。かつてこの場で農村の活性化を図った華々しく「三農政策」を打ち出したり、「和諧社会」だのをスローガンに掲げて人々の注目を浴びた胡温体制は、そのどちらも尻切れトンボの尻つぼみになっており、最大のハイライトだった温総理の最終会見でもそれについて触れずじまい。一方で温総理がリーマンショック直後の中国で華々しく立ち上げた「4兆元経済振興策」によるばらまきの後遺症の治療は今年が正念場と言われ、中途半端な「改革」は今後どうなっていくのかわからないままだ。

 それにしても、自分たちがそれに振り回されることを知っている庶民は最近ますます「庶民ぶり」を発揮している、と感じる。「太子党」でも「官二代」でも「富二代」でも、もう勝手にやれよ......という冷めた視点で見ているようだ。ネットが普及し、自分たちの発言の場が広がり、以前は容易に目にすることができなかった「仲間たちの場」ができたことで、「あの世」(あっち)と「この世」(こっち)をクールに使い分けている、と言ってもいい。

 そんな彼らだから、わずか数年前までは「中国政治の殿堂」とみなされていた「両会」ですら「ネタ」にする。正装して入場する代表(=議員)の様子を一人一人品評し、恒例になった少数民族代表による「民族衣装ショー」はともかく、今年は例年以上に高級感が増したそのブランドファッションを品定めしていた。それも誰も知らないような地方代表ではなく、日頃から人目にさらされることを十分意識している有名芸能人代表でもなく、二代目代表つまり「官二代」の、たとえば李小琳さん(父は李鵬元総理)が着ていたエミリオ・プッチのスーツなどはじっくりと値踏みされていた。

 かつて副総理を務めた呉儀女史も以前はその入場時のいでたちは報道されていたが、いちいちその身に着けたブランド品を鑑定するようなことはなかったように記憶している。一つは報道する側、そしてそれを見る側にブランドに対する知識がなかったこと、もう一つは彼女がそこまで海外有名ブランドに執着していなかったことだ(呉儀は特にアンチ西洋価値観で有名だったし)。それを「中国を代表する元国有企業」のトップである李鵬二世が身に着けて、中国を代表する政治会議にしゃなりしゃなりと入場する様子に、「官二代」「富二代」ぶりを見せつけられて、庶民は我慢ならなかったのだろう。元国有企業を「うまく」手に入れて儲けた人間が「西洋の有名高級ブランド」を買いあさり、「国の委任」を受けてその「未来を論ずる」――確かに見事な差別構造を絵に描いたような話である。

 そういえば、わずか4年前に引退した呉儀の時代に比べて、このところ「官二代」「富二代」は噂から現実社会へと大きく浮上した。街を歩いていて目の前を見たこともないような派手な外車が大きな音を立てて疾走する、ネットを開けば「誰この人?」と思うような人物がネットショップ張りに自分の持つ高級品を自慢げに晒している、ニュースにも大学を出たばかりのような若者が大企業の責任者として列席している...人々の頭に浮かぶ「?」の裏に必ず出てくるのが「官二代」「富二代」という説明だ。権力者や金持ちの二代目が、何の苦労もせずに世の中のうまみを得意顔にさらっている...社会に普遍的に存在する圧倒的な金と権力の力に、人々は公平感を問うことすらすでに諦めているように見える。

 建国60周年を過ぎ、建国元年に生まれた人も60歳を過ぎたわけで、政治指導者ばかりではなく、時代もすでに建国期‐混乱期‐成長期という変遷を経た。今の人たちに建国時の理論を当てはめるのは間違いだし、混乱期のような敵か味方かといった見方も飽きられている。そんな時代に「二代」という言葉が闊歩するのはなぜなのか。「時代の変遷を言葉」だけではないはずだ。というのもそこには「農二代」「民二代」、あるいは「民工二代」はが現れないからだ(あるいは現れても定着しない)。つまり、この「二代」はある種特殊な意味を持って使われているのだ。

 そんなことを考えたのは、最近「独二代」という言葉が視野に飛び込んできたからだ。「独」とは「独生子女」、つまり一人っ子世代を指す。そして「独二代」とは1979年から始まった計画出産政策下で生まれた一人っ子たちが結婚し、生んだ「二代目」の一人っ子のことだった。同政策の施行初期に生まれた人たちもすでに30歳を少し回り、子供を持つ年齢になったことに何とも言えない時の流れを感じるが、一方で同政策に反対した人たちから出ていた「4-2-1」時代が実際にやってきたのだと気が付いた。「4-2-1」とは「祖父母4、両親2、子供1」のことだ。

「独二代」の親たちは子供のころ、「周囲の愛情を一身に受け、皆が大事にして言いなりになるので、小さな皇帝みたいに育つ」と言われたが、この「4-2-1」時代の「独二代」にこそ、おじもおばもいとこもいないため一族の愛情が集中する。さらに両親は中国のニューリッチ世代の「80後」で消費生活をエンジョイする人たちで、同じようにわが子の生育環境づくりにも全精力を投入する。サーチエンジンを展開する百度で「独二代」を調べてみると、「二歳から両親が丁寧に準備した社交サークルに出入りするようになる」とあった。

 念のために書くと、「小皇帝」と呼ばれた「80後」は実のところ、彼らが子供のころさんざん吹聴されたほどわがままで自分勝手な人たちではない。中国が経済的に豊かになり、社会設備もそれに合わせて大きく変わり、彼らの多くが大学入学枠の拡充や社会精鋭づくりの波に乗った彼らはさらにはインターネットも彼らが社会に出るのとほぼ同じころから普及したことにより、西洋的な価値観や世界観をある程度理解、吸収した。彼らの前の世代のようなややもすると政治観念こちこち、あるいはむやみな西洋崇拝を持たない分だけ、我々外国人にとって相対的に付き合いやすい世代の中国人ともいえる(もちろん個人差はある)。逆に自由な消費生活に慣れた彼らの行動は、集団の利益優先の先人たちの目から見れば「自分勝手」に見えるのだろうが。

 その彼らだから、わが子にかける情熱は我々にも理解できるものがある。平等感、公正度に欠けた社会であるために、彼らには自分が築いた最良の環境条件の下、子供を育てたいという気持ちは強いはずだ。そのような風潮の下、「独二代」と呼ばれる子供たちはどう育っているのか、確かに興味深い。「独二代」という言葉が生まれているくらいだから、それについてどこかにまとまった分析や評論があるのだろうか......と興味津々でまず前掲の百度百科を開くとこう書いてあった。

「一代目の一人っ子たちと同じように、冷たく、自分勝手、協力関係を築けないなどの問題が『独二代』にも継承され...おじ、おばなどがいないために人格上の欠陥は一人っ子第一世代よりも深刻である。『独二代』とは無情な世代なのだ」

......これを読んで絶句した。この冷たい断定ぶりはなんなのだろう。というのも、どんなに計算しても79年生まれ以降の親から生まれた「独二代」は最年長でもまだ中学生にはなっていないはずだ。多くが小学校に上がるか上がらないか、さらにはこれから生まれる子供の方がもっともっと多い。そんな幼い子供たちをこの2012年の時点で「冷酷、自分勝手、人格上の欠陥、無情」と決めつける、その論述に中国の社会論説者が彼らの存在に持っているある「視点」を感じた......かつて「小皇帝」と言われた「80後」の親たちはそんな社会から子供たちを守っていかなければならない、というわけか。

 そしてわたしもそこで気が付いた。「官二代」「富二代」、そして「独二代」という言葉。それがもてはやされるのは、それが指す先に冷たい揶揄を加える場合だということを。批判や非難、そして激しい嫌悪感、それを持って語られるときのみ、中国では「二代」が機能する。それだけ建国60周年を迎えたこの社会には、そう簡単には目に見えない、憎悪にも似た嫌悪感が渦巻いている、ということなのか。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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