コラム

光の届かない深海で「暗黒酸素」が生成されていた...光合成だけでない「地球の酸素供給源」とそれを脅かす採掘の脅威

2024年08月06日(火)13時10分
深海の海底

(写真はイメージです) Kichigin-Shutterstock

<深海の海底で多種類の金属を含んだ「黒いじゃがいものような岩石塊」が、海水を電気分解して酸素を生成している可能性があることを英米の国際研究チームが示した>

地球が約46億年前に誕生した時、地球の大気中には酸素がほとんど含まれていませんでした。太陽光を利用して光合成を行うラン藻(シアノバクテリア)が約27億年前に海中に誕生し、二酸化炭素と水から有機物と酸素を生成するようになると、大気中の二酸化炭素は減少し、酸素が増えはじめます。

その後、生物は陸上に進出し、多様な植物が光合成を行うようになりますが、現在でも地球の酸素の3分の2は海中の植物プランクトンや海藻によって作られています。

とはいっても、海の中で光合成ができる場所は、太陽光が十分に届く海面から70~80メートルまでに限られます。それより深いところにいる生物は、これまでは海中に溶けた酸素(溶存酸素)に依存していると考えられてきました。

スコットランド海洋科学協会(SAMS)やアメリカのノースウェスタン大、ボストン大などによる国際研究チームは、光の届かない深海では海底にある多種類の金属を含んだ岩石塊(ポリメタリック・ノジュール、多金属団塊)が天然の電池として働き、海水を電気分解して酸素を生成している可能性を示しました。研究成果は、地学分野の学術誌「Nature Geoscience」に7月22日付で掲載されました。

もし、深海の団塊が地球の酸素生成に大きな役割を果たしているとすれば、これまでの学説が大きく変わるかもしれません。研究者たちは、どのようにしてこの仮説に行きついたのでしょうか。概観してみましょう。

謎多きポリメタリック・ノジュール

深海の地形は、地上と同じように山脈(海嶺)や谷(海溝)、平原(深海平原)などがあって多様です。

なかでも、深海平原には、黒いジャガイモのような物質がたくさん散らばっています。この塊がポリメタリック・ノジュールで、魚の歯や小石などを核として、その周囲に鉱物層が堆積したものと考えられています。生成の仕組みはまだ分からないことも多いですが、ジャガイモ大の大きさになるには数百万年以上かかると推定されます。

ポリメタリック・ノジュールは、マンガンや鉄、銅に富むだけでなく、陸地で採掘される鉱石の約3倍のニッケル、4倍のイットリウム、6倍のコバルトが含まれています。レアメタルのテルルにいたっては、数千倍に濃縮されたものが発見されると言います。

これらの金属は太陽電池や電気自動車、風力タービンといったクリーンエネルギーを用いた技術には必要不可欠であるため、約50年前から「宝の山」である海底資源の採掘が試みられています。けれど、採掘による深海環境や生態系への影響は、近年になって研究が進んでいる分野のため、世界の海域で採掘許可の基準ができるにはまだ時間がかかりそうです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アフガン地震、犠牲者が1100人超に=支援団体

ワールド

ロシア、中国へのガス供給拡大へ 新パイプライン建設

ワールド

森山自民幹事長が辞意、参院選敗北で 総裁選前倒し判

ビジネス

サントリーの新浪会長辞任 サプリ購入を警察が捜査、
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 2
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シャロン・ストーンの過激衣装にネット衝撃
  • 3
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあるがなくさないでほしい
  • 4
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世…
  • 5
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 6
    BAT新型加熱式たばこ「glo Hilo」シリーズ全国展開へ…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story