コラム

人間だけではなかった...「エピソード記憶」を使って計画を立てられるコウモリがいると判明 「後天的スキル」であることも明らかに

2024年07月22日(月)22時20分
エジプトルーセットオオコウモリ

(写真はイメージです) Independent birds-Shutterstock

<中東からアフリカに分布するエジプトルーセットオオコウモリは「過去の記憶を使って現在の採餌に活用している」と、テルアビブ大動物学部のヨッシ・ヨベル教授らによる研究で明らかになった。一体どう解明したのか。それだけではない驚くべきコウモリの認知能力とは?>

「高校生の時に湘南の海に行って楽しかったから、今年は10年ぶりにまた行こう」──このように「エピソード記憶」を使って計画を立てる能力は、長年、人間だけが持つものと考えられてきました。

エピソード記憶は、個人が経験した出来事に関する記憶です。何を経験したかという出来事の内容に加えて、時間、場所といった経験したときの周囲環境や、そのときの感情などが共に記憶されるため、複雑で高度な認知能力とされます。

2000年代になると、「ヒト以外の動物は、エピソード記憶を持ち活用しているのか?」という問いは、たびたび議論されてきました。しかし、動物には直接的な聞き取り調査ができないので、解明は難航しています。

イスラエル・テルアビブ大動物学部のヨッシ・ヨベル教授らによる研究チームは、エジプトルーセットオオコウモリ(Egyptian fruit bat)が餌を摂るための飛行計画に、エピソード記憶のようなもの(episodic-like memory、エピソード的記憶)を活用していることを明らかにしました。研究成果は生物系科学誌「Current Biology」に6月20日付で掲載されました。

研究者たちは、どのようにして「コウモリはエピソード的記憶に基づいて行動している」と分かったのでしょうか。また、チームが観察したさらに驚くべきコウモリの認知能力とは何なのでしょうか。概観してみましょう。

「ココウモリ」と「オオコウモリ」の違い

コウモリは世界中で繁栄している哺乳類です。南極大陸以外の全大陸に分布するだけでなく海洋島にも生息しており、世界で1000種以上が見つかっています。

日本では、近年の外来種を除く約100種の哺乳類のうち約35種をコウモリ類が占めており、最も種類の多い哺乳類となっています。

一方、コウモリはココウモリとオオコウモリに大別され、特徴が異なっています。ココウモリ類には、虫、植物、血液など様々な食性の種がおり、超音波を使って障害物を避けたり獲物を見つけたりする能力(反響定位)があります。オオコウモリ類は、ほとんどが反響定位はできず、果実を好むため害獣として扱われることもあります。日本では、ココウモリは全国に分布していますが、オオコウモリは小笠原諸島と南西諸島にのみに生息しています。

今回、ヨベル教授らは「動物は過去の経験を活かして将来の計画を立てられるのか」の謎に挑むために、大学施設のI. マイヤー シーガルズ動物研究園に住み着いている野生コウモリ、エジプトルーセットオオコウモリを使うことにしました。

このコウモリは、中東からアフリカに分布し、通常は20~40匹でコロニー(群れ)を作って洞窟やマングローブ林で暮らしています。体長12~19センチ、体重100~150グラムと小柄ですが、オオコウモリの仲間では例外的に反響定位を行うことができます。バナナやマンゴーが好物で、コウモリ1匹当たり1日に数十種の果樹を訪れて食事をします。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マレーシア、7月から消費税改正 サービス税拡大

ビジネス

中国発ECシーイン、インドで生産強化 1年以内の海

ワールド

中国、全ての大病院で無痛分娩提供へ 「出産しやすい

ビジネス

中国自動車販売、5月は4カ月連続で増加 伸びは鈍化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:韓国新大統領
特集:韓国新大統領
2025年6月10日号(6/ 3発売)

出直し大統領選を制する李在明。「政策なきポピュリスト」の多難な前途

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 2
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、健康に問題ないのか?
  • 3
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全な場所」に涙
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    救いがたいほど「時代錯誤」なロマンス映画...フロー…
  • 6
    コメ価格高騰で放映される連続ドラマ『進次郎の備蓄…
  • 7
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「銀」の産出量が多い国はどこ?
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 6
    ウクライナが「真珠湾攻撃」決行!ロシア国内に運び…
  • 7
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 8
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 9
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 10
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story