コラム

マウスとの比較で分かった、イモリの腱が「完全に再生」する理由 ヒトの医療に応用されたら何が可能に?

2023年11月20日(月)14時15分

17日に2度目の大リーグMVPを受賞した大谷翔平選手は、2018年6月に右肘内側側副靱帯の損傷でPRP療法と幹細胞注射を受けました。1カ月後に打者として、3カ月後に投手として復帰したものの、同年9月に右肘靭帯に新たな損傷が見つかり、側副靱帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けました。

大谷選手は本年8月にも右肘の内側側副靱帯を損傷し、9月に再度トミー・ジョン手術を受けています。18年、本年ともに執刀を担当したニール・エルトラッシュ医師は、球団発表の声明文の中で「24年の開幕日には何の制限もなく打てるようになり、25年には投打両方をできるようになるでしょう」と語っています。トミー・ジョン手術を受けた投手が故障前と同レベルの投球ができるようになるまでには、平均で18カ月かかるというデータもあります。大谷選手の早期回復が待ち望まれます。

「見た目問題」解決の一助にも?

イモリの再生能力の秘密をゲノムから解明しようとする研究では、日本発で重要な成果が生まれています。

筑波大の千葉親文教授らの研究チームは18年、アカハライモリの遺伝子解析から、成体イモリの肢が再生される時に発現が増加する有尾両生類(イモリ・サンショウウオ類)に特有な遺伝子を見つけました。「Newtic1」と名付けられたこの遺伝子は、一部の赤血球中にNewtic1タンパク質を発現していました。

成人イモリの肢を切断して再生過程を観察すると、切断面の赤血球はNewtic1を新たに発現し、集合体を作りながら再生芽の先端部分に集積していました。赤血球は再生に必要な様々な分泌因子も発現し、傷口に運び込んでいました。その結果、傷口周囲の細胞の時計の針を修復するために必要最低限なレベルまで巻き戻すスイッチとしても働いている可能性が示唆されました。

また、イモリの全ての遺伝子配列の解読を試みる広島大両生類研究センターの林利憲教授らは、ヒトの7倍ものゲノムサイズがあるイベリアトゲイモリで多く見られる「レトロトランスポゾン」と呼ばれる一見無意味な繰り返し領域が、再生に重要な役割を担っているのではないかと仮説を立てています。

今回の名古屋大らの研究チームは、イモリの組織再生現象をマウスと直接比較する研究モデルは世界初で、腱だけでなく他の組織を対象とする組織再生研究に新しい展開をもたらすものだと語っています。

たとえば、哺乳類は皮膚の傷が治る時にかさぶた(線維化)ができます。傷を負う前の細胞とは異なる細胞群が傷をふさぐので、瘢痕(傷跡)が残るのです。対して、イモリの場合は、もともと皮膚を構成していた細胞によって傷口が修復されるので、跡が残りません。ヤケドの治療などにイモリの皮膚再生技術が応用できれば、人とは違う特徴的な外見を持つために困難に直面する「見た目問題」の解決の一助になるかもしれません。

イモリは進化の過程でなぜ驚異的な再生能力を持ったのかは謎が多く、完全解明には時間がかかるかもしれません。けれど、イモリの再生の仕組みを応用した新しい再生医療が実装される日は、遠くない将来に迎えられるかもしれませんね。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:アマゾン熱帯雨林は生き残れるか、「人工干

ワールド

アングル:欧州最大のギャンブル市場イタリア、税収増

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story