コラム

死んだブタの細胞と臓器を回復させる新技術「OrganEx」と、ブタからヒトへの臓器移植元年

2022年08月16日(火)11時25分

OrganExをヒトに応用する道のりは容易ではありませんが、心臓発作や脳卒中などで血液循環障害が発生した患者の損傷した臓器や組織の治療に役立てられたり、心停止後のドナー(提供者)の臓器機能を維持回復させて移植の機会を広げられたりする可能性があります。

2022年は「ブタからヒトへの臓器移植元年」と言えます。1月に米メリーランド大で世界で初めて遺伝子操作されたブタの心臓がヒトに移植され、移植された男性は2カ月後に死亡しました。男性に犯罪歴があったことで、倫理面がひときわ論争になりました。

さらに7月には、米ウォール・ストリート・ジャーナルが「米食品医薬品局(FDA)が、ブタ臓器をヒトに移植する臨床試験(治験)を承認する見通しとなった」と報じました。治験の開始時期は明らかではなく、当面はFDAが個別の案件ごとに審査する予定と言います。実現すれば、臓器移植のドナー不足の解消につながるかもしれないと期待されています。

日本でも数年後にはブタ臓器のヒトへの移植が承認されるという見方もあります。その時、OrganExの技術によって、ヒトからヒトへの臓器移植は増えているでしょうか。それとも、ブタ臓器をヒトに移植するためにOrganExが使われているでしょうか。

新しい医療技術は、安全性とともに倫理面も慎重に検討されなければなりません。科学者や政治家だけでなく、一般国民も経過を見届けて時には声を上げることが必要でしょう。

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プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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