コラム

ウォール街の「狂乱」に人生を狂わされた家族の回想録

2015年08月10日(月)16時00分

 アパート代や生活費を工面する方法も知らず途方にくれるクリスティーナに、勾留されていた父親が解決策を持ちかける。クリスティーナの名前なら政府に見つからずに銀行口座が開ける。そこに父の知人が生活費の入金をするという。最愛の父を信じるクリスティーナは指示に従うが、後になって父が自分のクレジットカードを使って多額の借金をしたことを知る。

 裏切った父親を訴えず、借金を背負い込んだクリスティーナは、やがてホームレス への転落を避けるために、低賃金の怪しくいかがわしい仕事にも手をつけるようになっていく――。

 幼い頃から女優を夢見てきただけあって、クリスティーナはゴージャズな美人だ。19歳までは一般人が想像もできないような贅沢な暮らしもしてきた。では彼女が、もし家や財産を失わなかったら、本当にそのままで幸せだったのだろうか?

 『After Perfect』を読むと、そうは思えない。一般人が思うほど金持ちの生活は羨ましくない。人を騙してまで巨額の金をゲットしても、お金とはこんなにもあっさりと無くなる。

 さらにクリスティーナは、美貌ゆえに悪い男たちの性的なターゲットになる。本人もそのアセット(資産)を無意識のうちに利用してしまう。だからお金持ちだけでなく、美人であることも、そう得とは思えない。

 すべては諸行無常、盛者必衰、ただ春の世の夢のごとし......。

 味噌汁とご飯で幸せになれる自分がありがたくなる本だ。

<文頭写真:Brendan McDermid-REUTERS>

After Perfect: A Daughter's Memoir
Christina McDowell

Gallery Books

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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