最新記事

ウクライナ戦争

ロシアに洗脳された市民に食料を届ける、歓迎されない牧師に会った──ドンバス最前線ルポ

CIVILIANS IN DIRE STRAITS

2022年6月14日(火)20時15分
リズ・クックマン(ジャーナリスト)
ドンバスの住民

ドンバスの住民は食料などの支援物資を待つが戦闘激化で遅れが生じている(写真と本文の取材対象者は関係ありません) CELESTINO ARCE LAVINーZUMA/AFLO

<ウクライナ東部の町で、地下に身を隠し、水も電気もない生活を送る住民たち。「ウクライナから攻撃されている」と信じる彼らを支援し続けるプロテスタントの牧師>

空がうっすらと色づき、夜が明ける頃、オレグ・タカチェンコは今日も自家用車のバンに大量の支援物資を詰め込み戦場と化した町へと出発する。向かう先は、ウクライナ東部ドンバス地方に位置するドネツク州の町ブレダールだ。

自分も死ぬかもしれない。そう分かっていながら、プロテスタントの牧師であるタカチェンコは週に何度か、ブレダールへと車を走らせる。数週間前には、彼のバンからわずか50メートルの所に破裂弾が飛んできた。

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、今はここ、ドンバスが戦争の最前線となっている。そこで暮らす市民の生活は既に限界を超え、多くがロシアの砲撃にさらされながら、水も電気もない生活を送る。

火を使えるのは、砲撃と砲撃の合間だけ。その間に、屋外に出てわずかな食料を直火で調理する。特に年老いた人や貧しい人、病を患う人にとっては綱渡りの毎日が続く。

タカチェンコは、ウクライナ当局や国際支援団体が入れないような所にも率先して食料や物資を運ぶ。ここで生活する彼らにとって、タカチェンコのようなボランティアたちは文字どおり生命線となっている。

「(ドンバスで親ロシア派とウクライナ政府が武力衝突した)2014年も危なかったが、今はさらに危険だ。だが私の使命は人々を助けることだから」と、タカチェンコは言う。

7人の子を持つ52歳の彼は、2014年から支援活動を続けてきた。パンやジャガイモ、(可燃性の液体)ベンジンと一緒に、インスリンなど生死に関わる薬を運ぶこともある。

「水がなくても3日、食料がなくても2週間は生きられる。だが薬がないと、数時間で死に至るかもしれない」と、タカチェンコは言う。

220621p26_DPR_01.jpg

戦火が激しくなるドネツク州でロシア軍に破壊された建物 ANNA KUDRIAVTSEVA-REUTERS

戦争開始から100日余りがたつなか、ロシアはウクライナ領土の約5分の1を掌握してきた。

現在、最も厳しい戦闘が続くウクライナ東部ルハンスク(ルガンスク)州の要衝セベロドネツクでは、6月初めの週末にウクライナが反撃して市の半分を奪還した。しかしルハンスク州の95%はロシア軍に占拠されている。

ロシア軍はゆっくりだが着実に進撃しており、ルハンスクに残る最後の土地を掌握した暁には、南進を開始してドネツク州やブレダールのような都市に向かうとみられている。

人口1万4000人ほどのブレダールは、2月24日にロシアがウクライナに侵攻を開始したその日から戦火にさらされてきた。侵攻初日、町の病院のすぐそばにクラスター弾を搭載したロシアの弾道ミサイルが着弾し、4人の市民が犠牲となったのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアで米国人2人が拘束、1人は窃盗容疑の米軍兵士

ワールド

ブラジル南部洪水、死者90人・行方不明130人超に

ワールド

トランプ氏と性的関係、ポルノ女優が証言 不倫口止め

ビジネス

アマゾン、シンガポールで1.3兆円投資 クラウドイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中