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ハッシュタグ抗議で揺れた「検察庁法改正案」

Japan’s Hashtag Politics

2020年5月19日(火)14時15分
北島純(社会情報大学院大学特任教授)

しかし、検察が不偏不党というのは一つの理想であり、派閥抗争に明け暮れていた戦後期には政治を利用して勢力拡大を図る動きもあった。今回の法改正で導入された定年延長の特例措置が、政権による牽制の域を超え、検察の中立性をゆがめ、政治権力介入の端緒となる潜在的可能性は否定できない。また、特例措置新設の説明が十分だったとは言い難く、コロナ禍で国民生活が困窮するなかで審議入りが、「火事場泥棒」という疑念を招いたことは確かだ。

検察も民主的統制が必要

今回の問題は、秋霜烈日のバッジが常に2つの課題を抱えてきたことを改めて想起させる。1つは、行政と司法に両属する検察官の職務と責任の特殊性を前提とした上で、「国家機関としての法務・検察をいかに民主的統制に服させるか」という課題だ。

刑事司法を担う検察は独任制官庁であり、検察官は起訴権を独占的に行使する。個々の検察官の裁量は本来的には絶大である。また刑事法規の執行は人権制約を伴う強力な公権力性を有しているから、恣意に堕し私情に流されることがあってはならず、脱属人的な要請が働く。担当者によって判断が異ならないということは、法の支配と法の下の平等を支える重要かつ本質的な要素だ。

それゆえ法務・検察は組織として動く。行政庁の主管大臣としての法務大臣であっても、個別案件への介入は認められず、個々の事件については検察官のトップである検事総長しか指揮できないと規定されている。組織として一丸となって機能するからこそ、戦後日本で実質的にほぼ唯一、政権与党の腐敗をただすことができる実力組織として存続してきた。

ただし、時にその捜査と訴訟遂行が「検察の暴走」として指弾されるのは、組織的で強力なその法執行力が民主的統制に服しているといえるか疑問が拭い切れないからだ。アメリカの地方検事と異なり選挙の洗礼を受けることのない日本の検察官は、国民の信頼と支持を得ているかを民主的基盤がないからこそ気にする側面がある。民主的統制を重視する見地からは、今回の法改正による内閣の関与を評価することもできる。しかし、同時に検察がポピュリズムに屈する危険性を備えているとも言える。

他方で、検察の法執行が政権の意向を受けた「国策捜査」とのそしりを受けることもある。政治家である法務大臣による指揮権発動はこれまでに1954年の造船疑獄一例のみであり、実際には想定し難いとしても、検察が政権の望む捜査を行っているという批判は繰り返されてきた。

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