最新記事

事件

フィリピン、資金難のイスラム過激派が「誘拐ビジネス」 インドネシア人漁民5名拉致

2020年1月31日(金)20時02分
大塚智彦(PanAsiaNews)

メンバー減少・資金難で誘拐ビジネスに

ところがフィリピン軍の度重なる攻勢でアブ・サヤフはその活動地域が狭まり、メンバーも減少。活動資金が枯渇する事態になり、最近はマレーシア人やインドネシア人の漁船を襲って漁民を誘拐して身代金を奪取する「誘拐ビジネス」に手を染めるようになっているという。

かつては外国人も誘拐して身代金を外国政府などに要求していたが、近年はフィリピン南部が「誘拐危険地帯」であることが周知され、アブ・サヤフの活動地域に出入りする外国人が減少した。

このため、アブ・サヤフは誘拐の主要ターゲットを隣国マレーシアやインドネシアの漁船員に絞って犯行に及んでいるものとフィリピン軍などは分析している。

2019年8月には今回の誘拐事件と同じサバ州沖の海域で操業中だったインドネシアの漁船を襲い、乗組員のインドネシア人漁民3人が誘拐されている。

この時の誘拐事件ではフィリピン軍が情報収集の末、人質となっていたインドネシア人の居所を突き止めスールー諸島で奪還作戦を決行。9月に2人を解放、そして最後の1人を1月15日に奪還、解放することに成功している。

今回の誘拐事件が1月16日に発生していることからフィリピン治安当局はアブ・サヤフによる軍の奪還作戦への報復との見方を示している。

機能しない3カ国共同の警戒警備

サバ州沖海域ではこうした誘拐事件や国際的なテロ組織や東南アジアのテロ組織のメンバーがフィリピン南部とマレーシア、インドネシアを行き来する際の密航ルートになっていることから2017年にフィリピン、マレーシア、インドネシア3カ国による海上法執行機関や海軍の艦艇、さらに空軍の航空機などによる共同パトロールに関する取り決めが署名調印されている。

その後しばらくは同海域での誘拐事件は沈静化したものの、2018年9月以降再び活発化してこれまでに少なくとも5件の誘拐事件が起きているという。

このため3カ国間の取り決めの実効性が問われる事態となっている。インドネシア軍関係者は「今回の事件はマレーシア領海内で発生しており、主権侵害にあたるのでインドネシア軍としてはどうすることもできない」と問題点を指摘する。

フィリピン当局も「共同の警戒監視はそれなりに効果をあげていると思うが、広大な海域だけに十分でないことは事実」(フィリピン軍西ミンダナオ軍管区報道官)との見方を示している。

今回の誘拐事件発生を受けて、3カ国の関係者による協議が行われ、インドネシア人漁民3人の早期解放を目指すことで一致するとともに、さらなる誘拐事件を防ぐために警戒監視の強化と「実効性を高める方法」についても今後検討することになった。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



20200204issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月4日号(1月28日発売)は「私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】」特集。声優/和菓子職人/民宿女将/インフルエンサー/茶道家......。日本のカルチャーに惚れ込んだ中国人たちの知られざる物語から、日本と中国を見つめ直す。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

原油先物は上昇、中東情勢激化による供給減を警戒

ビジネス

豪ANZ、上半期利益が予想ほぼ一致 新たな自社株買

ビジネス

アジア欧州間コンテナ船輸送が最大20%減も、紅海・

ビジネス

米シノプシス、SIG部門を21億ドルで売却 PEグ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 2

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中