最新記事

ヨーロッパ

EU諸国の無策で再び訪れる欧州難民危機

The Next Wave of Migrants

2019年12月5日(木)19時20分
ジェームズ・ブレーク(ジャーナリスト)

レスボス島からフェリーでピレウス港に着いた難民を待つのは過酷な運命だ GIORGOS MOURAFIS-REUTERS

<「2015年危機」の根本的対策を怠った結果、行き場のない人々の惨状は悪化する一方だ>

ヨーロッパはギリシャ(の財政危機)やユーロの安定よりも、この問題で頭がいっぱいになるだろう──。ドイツのアンゲラ・メルケル首相がそう言ったのは2015年のこと。「この問題」とはヨーロッパの地中海沿岸諸国にたどり着く大量の移民や難民のことだ。

あれから4年。メルケルの予想は的中した。英国民が2016年の国民投票でブレグジット(イギリスのEU離脱)を選んだ大きな理由の1つは、移民に仕事や社会福祉制度を乗っ取られるという不安だった。

ヨーロッパ全体で外国人排斥主義的な風潮が強まり、各国で極右政党が支持を伸ばした。イスラム過激派のテロに対する不安も高まった。

それなのにEUは相変わらず、人道的で包括的な移民・難民対策を講じることができていない。

2015年当時、テロ組織ISIS(自称イスラム国)の非道な支配を逃れてヨーロッパを目指す無数の人たちの姿は衝撃的だった。多くはトルコ西岸で密航業者に法外な金額を支払い、小さなゴムボートに定員を大幅に超える人数で乗り込み、最も近い欧州であるギリシャの離島を目指した。

やがて、ヨーロッパの一歩手前で足止めを食らう難民や移民が増えた。筆者はトルコのイスタンブールを訪れたとき、あるバス停の横に設けられた施設に、数百人の難民が収容されているのを見た。これは、2016年3月にEUとトルコが締結した合意の影響だった。トルコからギリシャに入国する不法移民を全てトルコに送還する代わりに、トルコ国内にいる同数のシリア難民をEU加盟国が受け入れるとしたものだ。

EUとしては、この措置によって、移民や難民がヨーロッパに無秩序に到来する事態を回避できると考えた。だが、この合意は左派には不評だった。援助団体は、命懸けでヨーロッパにたどり着いた人々をトルコに送り返すのは非人道的だと主張した。

収容施設はパンク状態

一方、ハンガリーやオーストリア、フランスなど極右政党の支持が上昇している国では、イスラム教徒やアフリカ系の移民や難民が増えると治安が悪化するだけでなく、「ヨーロッパのアイデンティティー」が失われるという主張が高まった。この二極化した議論は、今も続いている。

イタリアでは2018年6月、マッテオ・サルビニ副首相兼内相(当時)が、地中海上で難民を救出した援助団体の船の入港を拒否。サルビニ自身は2019年8月に政権を離脱したが、今も国内に移民排斥的な空気は強く、欧州統合全般に対する不信感も残っている。

EUで議論が二極化し、恒久的な対策が打ち出されないなか、母国を逃れてきた移民や難民は行き場を失い、劣悪な環境で苦しんでいる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中