最新記事

歴史問題

植民地支配の亡霊はここにも 米政府、フィリピン人虐殺の戦利品「バランギガの鐘」返還へ

2018年11月15日(木)18時25分
大塚智彦(PanAsiaNews)

ワイオミング州にある「バランギガの鐘」の前で返還決定を喜ぶホセ・マヌエル・ロムアルデス駐米フィリピン大使(左)とマティス国防長官 REUTERS/Phil Stewart

<20世紀の植民地支配の記憶が蘇るのはアジアに留まらない。1901年、ある鐘の音をきっかけに10歳以上のフィリピン人が大量虐殺された──>

米政府はフィリピンに対し米比戦争(1899?1902)で米側が戦利品として持ち帰ったフィリピン・サマール島バランガイの3つの教会にあった鐘を返還することを決めた。11月14日(米時間=フィリピン時間15日)に鐘が保存されているワイオミング州のF.Eワレン空軍基地でジェームス・マティス米国防長官とホセ・マヌエル・ロムアデス駐米比大使らが出席して行われた式典で明らかにした。

「バランギガの鐘」としてフィリピンでは知られる3つの鐘に関してはフィリピンのドゥテルテ大統領が再三米側に対して返還を求めてきたもので、今回返還が実現することになり米比関係のさらなる親密化が進むものとみられている。

米側は「鐘の返還の明確な日時は未定ではあるものの、米国内の法的問題を早急にクリアして数週間以内には返還したい」としており、年内の返還実現が確実となった。

フィリピン外務省は15日午前、「返還を決めた米政府に感謝する。米との戦争で命を落とした全てのフィリピン人に敬意を表するいい機会となるだろう」との声明を発表した。

フィリピン国内のメディアはこの「鐘返還へ」というニュースをいずれも大きく扱っており、返還がフィリピン国民の念願であったことを反映する形なっている。

バランギガ虐殺の象徴

米比戦争の最中の1901年9月28日、サマール島バランギガの小さな村をパトロール中の米軍2個中隊が突然フィリピン側の待ち伏せ攻撃を受けて、米兵48人が殺害される事件が起きた。米軍のアーサー・マッカーサー司令は報復としてレイテ島の市民の皆殺しを指示、10歳以上の男子が虐殺された。その犠牲者の数は2000人という説から5万人という説まであり、はっきりとしていない。

この時のアーサー・マッカーサー米軍司令は太平洋戦争でフィリピン奪還を果たし、日本の敗戦後に「連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)」の最高司令官を務めたダグラス・マッカーサー司令官の父親にあたる。

歴史家によると、この時の米兵待ち伏せ攻撃の合図に鳴らされたのが3つの鐘のうちの一つとされている。米比戦争に勝利した米側はバランギガの3つの鐘と1557門の大砲を戦利品として米に持ち帰った。

太平洋戦争後に米比関係が発展するにつれて、フィリピン側から鐘の返還を求める声がではじめたが、米退役軍人会や軍関係者などからは「米比戦争で戦死した米兵のメモリーであり、返還する必要はない」などの反対の声も出ていたことから実現しなかった経緯がある。

Editorial_cartoon_about_Jacob_Smith's_retaliation_for_Balangiga.gif

「バランギガ虐殺」当時の米国の風刺画。フィリピン人を銃殺しようとするアメリカ兵の背後には「10歳以上の者は皆殺し」と書かれている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日仏、円滑化協定締結に向けた協議開始で合意 パリで

ワールド

NATO、加盟国へのロシアのハイブリッド攻撃を「深

ビジネス

米製造業新規受注、3月は前月比1.6%増 予想と一

ワールド

暴力的な抗議は容認されず、バイデン氏 米大学の反戦
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中