最新記事

日本社会

給料が最低レベルの保育士を支えるのは「やりがい感情」

2018年2月8日(木)15時30分
舞田敏彦(教育社会学者)

それは当事者の意識にも反映されている。東京都の『保育士実態調査』では、10の項目(給与、勤務時間...)を提示して、それぞれの満足度を尋ねている。<図2>は、満足・不満足の割合を項目ごとに比較したグラフだ。

maita180208-chart02.jpg

10の項目のうち8項目は、不満足より満足の割合がずっと高い。労働時間や職場の人間関係などについては、保育士の満足度は高い。不満はもっぱら給与面に集中している。どこを改善したらいいか、これほど明瞭な職業というのも珍しい。

満足度が最も高いのは、仕事のやりがいだ。現役保育士の7割以上が満足と回答している。人の命を預かり、人生初期の人間形成にも関与する重大な仕事だ。それなりの専門性も求められ、誰にでもできる仕事ではない。やりがいに関する満足度は高くなるだろう。

それだけに、恒常的に抱えている給与への不満を言い出しにくい。日本の保育の現場は、保育士たちの「やりがい感情」によって支えられている。介護業界もそうだ。

やりがいと給与に対する意識が対峙する仕事は、そう多くない。該当するのは、人のケアを職務とし、顧客に対する気配り(思いやり)が求められる職業で、保育士や介護士はその典型だ。

社会学者アーリー・ホックシールドの言葉でいうと「感情労働」の仕事で、「顧客のためなら劣悪な労働条件も厭わない、不平を言うべきでない」という思いが生じ、「思いやり疲労」というバーンアウトも起きやすい。保育や介護の業界は、労働者の「やりがい感情」に支えられている面が強いが、その砂上の楼閣はいつ崩れてもおかしくない。

幼児教育の無償化により、3~5歳児の幼稚園・認可保育所の費用が無償になるが、保育士の給与は月額3000円上げるだけとのことで、はっきり言って「焼け石に水」だ。富裕層の優遇にもつながる一律無償化よりも、保育士の待遇を改善し、待機児童問題の解消や保育の「質」の担保に重点をおくべきではないか。無償にしても、入れなければどうしようもない。

財源確保のため、次世代育成税のような課税も検討すべきだろう。保育サービスの充実は、少子化の克服と労働力の増加(女性の社会進出進展)に寄与し、社会の維持存続にとって不可欠だ、そのための費用を国民で分担するのは理に適っている。

<資料:厚労省『賃金構造基本統計』(2016年)
    『東京都保育士実態調査』(2014年3月)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元カレ「超スター歌手」に激似で「もしや父親は...」と話題に

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中