最新記事

Book Case Study

2000年代で最も重要なアートブックの出版社

2016年10月30日(日)07時55分
中島佑介 ※Pen Onlineより転載

一貫したものづくりで、シャネルの「黒」を体現。

pen161030-3.jpg

「世界一美しい本を作る男」と呼ばれる理由がよくわかる1冊が「The Little Black Jacket」です。この本は、シャネルの伝統的なデザインとして引き継がれてきた黒いジャケットをカール・ラガーフェルドが現代的にデザインし直し、著名なファッションエディターのカリーヌ・ロワトフェルドがスタイリング、世界各国のセレブリティたちがジャケットを纏っている姿をラガーフェルド自身が撮影した写真がまとめられています。

(参考記事:Vol.02 時を経ても淘汰されることのない、革新的なデザインを収録。

 一見すると黒い直方体のようにしか見えないこの本は、中のページも黒く、黒い紙に印刷されているのかと錯覚してしまいますが、本文は白い紙に黒と2色のグレーで印刷して深みを与え、小口を黒く着色するという、優れた技術と複雑な工程を経てつくられています。コンセプトの「黒」というテーマを体現するようなブックデザインは、ゲルハルト氏の培ってきたブックメイキングに対する深い知識と洗練されたセンスによって生み出されているのでしょう。

pen161030-4.jpg

 一線を画す高品質なアートブックをつくっているSteidl社の特徴は、本づくりの方法がほかの出版社とまったく異なっている点です。通常、本をつくる際に出版社は編集と販売の役割を担うことが多く、デザインや印刷といった実際の制作は社外で行います。しかし、Steidl社は編集・デザイン・印刷・流通といった本がつくられて流通するまでのすべての機能を社内にもち、一貫したものづくりを行っています。すべてのプロジェクトはゲルハルト氏の判断によって動き、彼の決定なくしてプロジェクトは動きません。この徹底した姿勢がSteidl社のつくる本のクオリティとなり、品質とセンスを信頼するアーティストたちが増えていきました。現在は、年間に200冊以上、この先に出版が決まっているプロジェクトは700以上を抱える、世界中から脚光を浴びる出版社になりました。

(参考記事:Vol.01 これからの本の可能性を示してくれた、デザイナーのひと言。

 世界でさまざまな状況が新しいフェーズへと移行しつつある今日、アートブックの世界も変わりつつあります。そのひとつの動きとして、欧米各国でインディペンデント・パブリッシャーと呼ばれる、小規模ですが優れた本を刊行している出版社の台頭が挙げられます。現在出版に携わる若い世代は、ゲルハルト氏が数十年間にわたってつくり続けてきた優れたアートブックを目にしてきていました。これまでにゲルハルトの残してきた功績は、今日の出版界に起きている変化に大きな影響を与えているのではないでしょうか。


The Little Black Jacket / Karl Lagerfeld, Carine Roitfeld / Steidl
ザ リトル ブラック ジャケット / カール・ラガーフェルド、カリーヌ・ロワトフェルド / シュタイデル

ページ数:232ページ
装丁:ハードカバー
サイズ:29x37cm
商品コード:ISBN 978-3-86930-446-5
出版年:2012年
価格:¥17,820

写真:中島佑介

※当記事は「Pen Online」からの転載記事です。
Penonline_logo200.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ソロモン諸島、新首相に与党マネレ外相 親中路線踏襲

ワールド

米UCLAが調査へ、親イスラエル派の親パレスチナ派

ワールド

米FTC、エクソンのパイオニア買収を近く判断か=ア

ビジネス

インタビュー:為替介入でドル160円に「天井感」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中