最新記事

難民政策

EU・トルコの難民送還合意は不備だらけ

2016年6月3日(金)20時40分
レナ・カラマニドゥ(グラスゴーカレドニアン大学客員研究員、難民政策)

Giorgos Moutafis-REUTERS

<トルコ経由でEUにたどり着いた難民はトルコに送り返すことができる──EUとトルコのそんな合意が、インチキである可能性が出てきた。そもそもトルコは、国際法に定める「安全な第3国」に該当しないのではないかと、ギリシャの司法当局が判断したのだ> 写真はギリシャのレスボス島で送還に抗議する難民や移民たち

 ギリシャ当局は最近、トルコ経由でギリシャに到着したシリア難民がギリシャで難民申請することを却下した下級審の決定を覆した。

 下級審の判断は、トルコが難民受け入れで国際法に定める水準の保護を提供できるという前提に立ったもの。EUとトルコの合意に基づいてトルコに戻り、トルコで保護を受ければいいという判断だ。だが上級審の見方は逆で、トルコでは十分な保護が受けられない可能性があると判断したのだ。

 このことは、EU(欧州連合)とトルコが3月に結んだ難民合意に疑問符を付きつけた。EU域内への難民の流入を抑制するためのこの合意では、トルコ経由でギリシャに到着した難民をトルコに強制送還できることになっているからだ。送還先としてトルコがふさわしくないということになれば、EUは押し寄せる大量難民への対処法を一から考え直さなければならなくなる。

【参考記事】イギリスで難民の子供900人が行方不明に

 EUとトルコの合意では、3月20日以降にトルコ経由でギリシャにやってきた不法移民は全員トルコに送還できることになっている。

 EU法では、安全な第3国へなら難民を送還できることになっている。安全な第3国とは、1951年にジュネーブで採択された「難民の地位に関する1951年の条約」に沿うかたちで難民が保護を受けられ、迫害や重大な危害、逃げてきた国に送還されるなどの恐れがない国のこと。EUとトルコの合意で重要なのは、トルコがそうした安全な第3国だと想定している点だ。

【参考記事】死者47万人、殺された医師705人......シリア内戦5年を数字で振り返る

 トルコは2016年4月、EUに対して、送還されてきた難民は全員保護を受けられると確約し、送還されてきたシリア難民の一時保護を認める法律も通過させた。しかし、トルコが実際に安全な第3国といえるかどうかには大きな懸念がある。そもそもトルコは、難民に関する国際ルールを欧州以外の難民に拡大した「難民の地位に関する1967年の議定書」を批准していないのだ。

ギリシャの新しい難民手続き

 トルコの難民受け入れには重大な欠陥があり、最近の法改正をもってしても、労働市場や医療、教育への難民のアクセスにはまだ問題がある。シリアへの強制的な送還も報告されている。これは、生命の危険がある国に送り返さないという、難民条約における重要な原則のひとつ(「ノン・ルフールマン」の原則)に違反している。

 ギリシャ上級審の決定には、こうした懸念が影響したようだ。ギリシャのメディアは、この決定でシリア難民のトルコへの送還が保留になるかもしれないと推測している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル34年ぶり157円台へ上昇、日銀の現状維持や米

ワールド

米中外相会談、ロシア支援に米懸念表明 マイナス要因

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2

ワールド

ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中