最新記事

難民政策

EU・トルコの難民送還合意は不備だらけ

2016年6月3日(金)20時40分
レナ・カラマニドゥ(グラスゴーカレドニアン大学客員研究員、難民政策)

 今回の判断は、上級審による最初の判断で、今後の判断も同じ論理に従うかどうかはまだわからない。

 ギリシャ当局が拒絶した難民申請は、難民に関するギリシャの新しい法律(EU・トルコ合意の実施を確実に行うために4月に通過したもの)で審査されたものだ。

 ギリシャの新しい法律では、入国管理センターが行う審査のための「例外的な」手続きが導入された。これは、大量に難民が来た場合のための手続きで、これまでの手続きと比べるとスピーディーだ。面接のための準備期間が1日だけだし、決定は一両日中に出されることもある。拒絶された申請者が不服を申し立てられるのは5日間で、提出から3日以内に審査される。

 申請の多さと人員不足に対応するための期限短縮とはいえ、「安全な第3国」の適用に関する判断の質は疑問視されている。難民申請を拒絶されたケースでは、トルコを安全な第3国だとする根拠は示されなかったようだ。これは、EUの難民審査の指令に反している。EUの指令では、難民受け入れ当局が難民申請者の個々の状況を踏まえて、特定の国が「安全」な理由を検討し説明することが求められている。

 安全な第3国と難民保護手続きに関する既存の要件が適切に適用されていない決定については、ギリシャの上級審によって送還が却下される可能性が高くなる。ギリシャ難民保護サービスが現在行っている意志決定と、EUとトルコの合意全体の両方が、ますます問題視されていくだろう。

EUの教訓?

 今回の上級審の判断は、EUに対して、安全な第3国の概念を適用する際には、難民保護に関する国際法とEU法を尊重するべきだというメッセージを送っている。

 これはギリシャ以外のEU諸国にも影響するかもしれない。6月1日には、「再受け入れに関するEUとトルコの合意」が発効する。この合意によりすべての加盟国は、トルコを通過してEUにやってきて難民申請に落ちた者をトルコに送還できるようになる。ギリシャ以外の保護当局も、トルコが安全な第3国がどうかの検討を迫られ、ギリシャと同じジレンマに陥るかもしれない。

 EUの方針では、トルコは移民や難民を送還しても安全な国だと想定されているが、これは政治的な便宜のためだ。6月1日以降、EU各国の難民保護当局が政治よりも難民の保護を優先させるかどうか、注目だ。

Lena Karamanidou, Visiting Fellow, Glasgow Caledonian University

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、イスラエルへの兵器輸送一部停止か ハマスとの戦

ビジネス

FRB、年内は金利据え置きの可能性=ミネアポリス連

ワールド

ロシアとウクライナの化学兵器使用、立証されていない

ワールド

反ユダヤ主義の高まりを警告、バイデン氏 ホロコース
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 7

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 8

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 9

    ハマス、ガザ休戦案受け入れ イスラエルはラファ攻…

  • 10

    プーチン大統領就任式、EU加盟国の大半が欠席へ …

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中