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中間選挙

度しがたい共和党の妄想

2010年10月28日(木)14時59分
ベン・アドラー、デービッド・グレアム

負の側面には口をつぐむ

 都合の良いことに「誓約」にはどれだけ予算を削減すれば政府が救われ、どれほどの減税が納税者を助けるという数字は示されているが、減税や予算削減が政府にどれだけの犠牲を強いるかは書かれていない。ジョージ・W・ブッシュ前米大統領なら、きっとこう言ったことだろう。これぞ「ワシントン流数字のごまかし」だと。

 当然のことながら、「誓約」は左派に向けたものではない。リベラル派は当然のように、共和党の主張は昔も今も代わり映えしないと批判し、財政赤字の削減や解消を語る共和党が実際には赤字を増やしそうな提案をしていると非難するだろう。

 では、右派ならば新しい「誓約」に納得するだろうか。そうはいかない。保守系ブログサイト「レッドステイト」のエリック・エリクソンは、これは「ジョージ・マクレラン以来最大のワシントンの茶番劇だ」とこき下ろし、かつて南北戦争で自軍を動かそうとしないマクレラン司令官に対してエイブラハム・リンカーンが放った有名な言葉をもじって、共和党幹部のジョン・ベーナー下院院内総務やエリック・カンター下院院内幹事が「共和党を指導しないのなら、しばらく貸してほしいものだ」とかみついている。
 
 保守派の中で対極に位置する穏健派でブッシュのスピーチライターだったデービッド・フラムは、エリクソンの非難を笑い飛ばす。共和党の執行部は党の支持基盤をしっかり握っているから心配ない、とフラムは言う。だから、エリクソンを含む草の根保守派連合ティーパーティーが求めるような大変革には乗らない。年金給付を減らすようなことをして、高齢化しつつある白人支持層を失っては元も子もないからだ。

 要するに、偉そうな文言を並べた「誓約」には何の新味もなく、小さな政府を目指す方法も基本的に94年と同じで実効性はない、ということだ。実際、民主党以上に予算を膨張させたのは共和党政権だ。ちなみにエリクソンは、「11月の選挙では共和党に票を投じるが、『十年一日のごとし』の彼らにくみするものではない」と結んでいる。

 一方のフラムも、個々の問題への場当たり的対応ばかりで明確な政策課題を欠く「誓約」が気に入らない。「ティーパーティーの改革精神を保ちながら、国家が必要としていることにもっとうまく対処できる近代的な共和党の政策が見てみたい。心配なのは最悪のケースだ。共和党が議会で多数派を占め、極端な法案を葬るだけでなく、何でもかんでも片っ端から反対するような事態だ」

「党隠し」に走る身内も

「誓約」提案のうち、立法的な観点からみて一番混乱しているのは、オバマの医療保険制度改革法をほごにして、代わりに医療過誤訴訟における賠償額の制限を導入し、医療費の支払いに充てる専用の貯蓄口座を設け(一部は非課税扱いとする)、居住地以外の州でも医療保険に加入できるようにするなど、以前から共和党が唱えてきた雑多な仕組みを導入するというものだ。

 興味深いことに、「誓約」が挙げた提案にはオバマ改革の主要な条項の1つが残っている。既往症があっても、保険会社は保険加入を拒否してはならないという条項だ。しかし、オバマ改革に盛り込まれた保険加入の義務化と切り離したら、こんな条項に意味はない。もし若い人や健康な人の保険加入を義務化せずに、保険会社に既往症のある人の加入を引き受けさせれば保険料の上昇を招くだけだ。だが「誓約」にはこの難問への答えが用意されていない。あるのは「高リスク者の保険加入を増やし、再保険を充実させ、保険コストを減らす」という文言だけだ。

 共和党の現職議員は不人気で、「誓約」が痛罵している「傲慢で国民の現実を知らない自称エリートから成る政府」と同類と見られている。だから前アラスカ州知事のサラ・ペイリンは、共和党にはひとことも触れず、ひたすらティーパーティーの活動だけを売り込むビデオを作り、党幹部のひんしゅくを買ったのだった。
共和党の中には、「誓約」には社会保障費削減についての記述がなく、長期的な財政再建について十分に対処しようとしていないと批判する者も既に現れている。

 前向きで実現可能な提案を共和党が行おうとしても、課題や矛盾だらけになるのがオチ。ただ共和党にとって幸いなのは、そんな提案などしなくても、今秋の中間選挙では大勝できそうなことだ。

[2010年10月 6日号掲載]

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