最新記事

ジョンのレガシー

ジョン・レノン「ビートルズ後」の音色──解説:大江千里

SONGS AFTER THE BEATLES

2020年12月9日(水)18時45分
大江千里(ジャズピアニスト)

上段左から『ジョンの魂』、『イマジン』、『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』、『マインド・ゲームス』。下段左から『心の壁、愛の橋』、『ロックン・ロール』、『ダブル・ファンダジー』、『ミルク・アンド・ハニー』 APPLE(6), CAPITOL(2)

<ビートルズが解散したその年から始まったソロ活動──凶弾に倒れるまでの10年間にスタジオ録音されたアルバム8枚をつぶさに聴くと、ミュージックシーンの中心に居続けようともがいたジョンの一面が見えてくる。本誌「ジョンのレガシー」特集より>

『ジョンの魂』(1970年)

magSR201208_John1.jpg

APPLE

2枚目のスタジオアルバム『イマジン』があまりに有名過ぎて若干割りを食ってる印象があるが、『ジョンの魂』はビートルズ解散後初のスタジオ録音ソロアルバムであり、これがあっての『イマジン』なのである。
20201215issue_cover200.jpg
2つのアルバムを、代わり番こに聴くとジョンの謎が解けてくる。両方ともがジョンにとっての魂の光であり影だ。「原初療法」という精神治療をヨーコと共に受けたジョンが自分の心理の奥深い部分をのぞいて曲のモチーフを得る。幼少の頃に母の愛を受けられなかったことを歌う「マザー」や痛みの度合いを測ることが神のコンセプトと書いた「ゴッド」。ビートルズ時代が終わり、ソロ活動を始めたジョンの過渡期における悩みと解放感が漂う。

録音はアビイ・ロード・スタジオ。スタジオ機材でのオタク的遊びや実験が随所にちりばめられている。歌詞は精神性、政治色半々をモチーフに「愛と平和」を貫く。

ビートルズ時代、ヨーコの個展で見た、YESという言葉を虫眼鏡で見る作品を気に入ったという逸話がある。さまざまな材料を作品に盛り込もうとするジョンの姿勢はまさに「YESを虫眼鏡で見る」。ヨーコを制作に加える意味がここにあったと思う。

切っても切り離せない彼女との10年に及ぶ創作コラボの始まりであり、このデビュー盤ではプラスティック・オノ・バンドの存在がジョンの突き破るような内面をよりえぐり出している。自己確立のため曲を書くソングライターの戦いの軌跡がここから始まった。

『イマジン』(1971年)

magSR201208_John2.jpg

APPLE

世界中に多大な影響力を及ぼし、多くのミュージシャンがカバーし、平和のメッセージの象徴とも言える表題曲から始まるアルバム。

ジョンの真骨頂はアンプの出力を最大にして毒づくような声と、口笛を吹いているかのような優しい声、素朴なピアノと弦にある。ジョンの持つ、賛美歌にあるような「祈り」にも似た感覚は1枚目と同じ布陣、ジョン自身、ヨーコ、そしてフィル・スペクターのプロデュースに負うところが大きい。

「音の壁」と呼ばれる声や弦の多重録音によって重厚で温かいサウンドを作り上げる天才だったフィルは、全体のバランスを心得ている。ポール・マッカートニーとは犬猿の仲だったが、ビートルズ解散直前の散漫なセッション記録を短い期間でアルバム『レット・イット・ビー』にまとめ上げた手腕を買われ、ジョンやジョージ・ハリスンはフィルを多用している。

ビートルズ時代に比べてシンプルだが、ベースが1音ずつ降りていくクリシェやステイしてコードが変化する癖など、哀愁あるメロディーはもちろんのこと、ジョンのポップな個性を生かしまくっている。

新型コロナウイルスの感染拡大で価値観を再構築する渦中を生きる今のわれわれと、ジョンがビートルズ時代を終えボロボロになって再生を目指した時期がくしくも重なる。そんな想像力が大事だろう。『ジョンの魂』同様に、世界に対する怒りや疑問を、限られた短い曲の中で表現するさまは、俳人にも通じる感覚が宿る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏「6歳児と戦っている」、大統領選巡りトラ

ワールド

焦点:認知症薬レカネマブ、米で普及進まず 医師に「

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中