余命を知ったときに残るものとは...美学者は世界をどう切り取り、愛したか?

音符のような鳥たち(画像はイメージです):GoranH_pixabay
<世界を切り取る短い言葉から感じ取れるものが無限に広がるということがある。読み込むほど心が洗われていく散文集>
ノーベル賞作家ハン・ガン氏が「しばらく外国にいたとき、この本を1日いちど、3回読んだ。毎日読んでもいい本」と紹介し、元東方神起のジェジュンもインスタライブで紹介した散文集『朝のピアノ 或る美学者の『愛と生の日記』』(小笠原藤子訳、CEメディアハウス)は、韓国の哲学アカデミー代表も務めた美学者キム・ジニョン氏による遺作だ。
美学者はどのように世界を切り取り、愛したのか。病に冒され余命を知ったキム氏が、亡くなる3日前までの日々を記録した本書より一部取り上げる。(全3回のうち3回目/1回目・2回目)
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昨日誰かが言った。
「わたしがつらいとき、先生はいつもこうおっしゃっていましたよ。ただ手放しなさい。それは放っておいて、ふだんやっていたことをしなさい......。そのお言葉をそっくりそのままお返ししたいです」
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日曜の朝、青汁を飲んで散歩に出かける。遠い南方の海を越えていくという台風のせいで、朝の景色は曇り湿気ている。おかげで気持ちは一段と落ち着いているのだが、体はその分重く感じられる。散歩道の前に車を停めて、しばし音楽を聴く。昨日書いた短文を推敲しかけてやめた。明日は早くに診療予約を取っている。またも写真や表を前に判決を聞かされるのだ。疲れた心は重く揺れる。姿勢を軽く正す。揺れる気持ちの波の先に、喜びの紋様が描かれるのを待ち望む。
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いま生きているということ
ーーそれをついつい忘れてしまう。