最新記事

オーストラリア

初の女性首相ジュリアは自然体

2010年7月28日(水)16時20分
ジュリア・ベアード(米国版副編集長)

 しかし不思議なことに、ラッドの支持率の急降下はギラードに味方した。「良い政府が道に迷っていると思ったから、トップを変えようと党の仲間に言った」と、彼女は語った。

「クーデター」は奇妙なほど迅速に進み、意外な結果となった。ギラードは戦う必要さえほとんどなく、党内で圧倒的な支持を得た。

 元外交官のラッドは07年の総選挙で労働党を勝利に導き、保守連合から11年ぶりに政権を奪取して党のヒーローになった。しかし首相になることと首相であり続けることに固執して、党内を無視するという致命的な間違いを犯した。そのためギラードと争うはずだった党首選も支持はほとんど集まらず、投票を前に辞任した。

 ラッドが辞任した6月24日にオーストラリアのある新聞は、「人間以外のすべてを知り尽くした騒々しい政治家」という見出しを掲げ、要求の多い専制君主だと批判した。実際、党内に友人はほとんどなく、派閥争いも避けてきた。

男性の領域に侵入する

 つまり、根気強いラッドは首相にはなれたが、首相であり続けることはできなかった。オーストラリア史上最も支持率の高い首相の1人であるうちは安泰だった。しかし温室効果ガスの排出量取引制度を導入するという公約を果たせず、「資源超過利潤税」案が鉱山業界から猛反発を招くなど、不評を買う政治判断が重なって、党内からも国民からも支持を失った。

 退任の挨拶でスタッフや家族に感謝を述べ、首相として誇りに思う出来事を振り返るラッドがショックを受けていることは、彼の礼儀正しさと同じくらい明白だった。

 新首相のギラードは、自分が重要な一員だった前政権とは距離があることを強調し、年内にも行われる総選挙に勝たなければならない。女性であることは大きな追い風になるが、目新しさは長続きしないだろう。髪の毛や料理、子供がいないことに関するくだらない発言は無視するべきだ。

 悪質な性差別は微妙で狡猾だ。ギラードは操り人形にすぎず、労働党右派の男たちのメードだとほのめかすような発言に、そうした差別が既に表れている。党内の右派は、自分たちにこびようとしなかった党首をクビにしたくて彼女を据えたのだ、と。

 女性は男性と同じようには、権力や機会を手にできないというのか。ギラードが首相になったのは男性たちが招いた混乱の後始末をするため、という見方も公平ではない。確かに現実には、そのような状況で女性に機会がもたらされることも多い。しかしラッドは混乱を招いていない。そして、ギラードには総選挙に勝つ力がある。

 ただし、初の女性首相として、相変わらず続く女性差別的な攻撃との戦いに時間を奪われるなら不幸なことだ。総選挙では「女性だから」期待していると激励されるだろう。男性より誠実で、率直で、思いやりがあるというわけだ。

 一方で、女性であることがマイナスになるという声とも戦うことになる。物珍しがられ、男性の領域に侵入する威嚇的な女性と見なされるだろう。決断力を称賛されながら、言いなりになりやすいとも見なされるだろう。

 ギラードは長年、自分と敵対する男性と戦う闘志を見せてきた。周りにいる「周囲の言いなりで、スーツを着て、育ちはいいが退屈なタイプの政治家」と自分は違うのだと証明できれば、まずは勝利と言えるのかもしれない。

[2010年7月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英軍個人情報に不正アクセス、スナク氏「悪意ある人物

ワールド

プーチン大統領、通算5期目始動 西側との核協議に前

ワールド

ロシア裁判所、JPモルガンとコメルツ銀の資産差し押

ビジネス

UBS、クレディS買収以来初の四半期黒字 自社株買
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    「ハイヒールが効率的な歩行に役立つ」という最新研究

  • 8

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 9

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 10

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中