コラム

陪審員は全員ジョニデのファン? 裁判は「気持ち」に左右されてはならない

2022年06月21日(火)17時15分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)
ジョニー・デップ

©2022 ROGERS–ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<ジョニー・デップと元妻アンバー・ハードの名誉毀損の民事裁判はデップの要請で生中継され、アンバーはボロ負け。セレブの裁判がファンの気持ちや世論が影響されないように注意すべき>

アメリカ国民の目は容赦ない戦いが繰り広げられる悲惨な戦場にクギ付け状態。いや、ウクライナではなく、米バージニアの裁判所のことだ。

俳優ジョニー・デップと元妻で女優のアンバー・ハードがお互いを名誉毀損で訴えた民事裁判が、デップの要請で生中継された。

高視聴率を記録したのは十分理解できる。両者の激しい攻防戦のなか、イーロン・マスクなどのセレブの名前が飛び交ったし、女優エレン・バーキンやケイト・モスは証言者として登場した。とてもセンセーショナルで見応えのあるコンテンツだ。

本来は娯楽ではなく裁判だが、視聴者はだんだん陪審員気分になる。そこで少し不思議な現象が起きた。「相手に家庭内暴力(DV)を振るわれた」と両者は主張したが、調査によるとアンバーよりデップの言い分を信じるアメリカ人が4倍もいたのだ。

なぜだろうか。アンバー側はさまざまな証拠を提示した。打撲や切り傷の写真も。デップが友人に送った「アンバーを焼殺しよう!」「溺死させよう!」などの暴力的なメールも。アンバーがデップから受けた罵詈雑言の録音も。けがを目撃した仕事仲間や友人の証言も。どれもそれなりの説得力はあった。

その上、デップをwife beater(DV夫)とした記事を出したイギリスのタブロイド紙を相手にデップが名誉毀損を訴えた2020年の裁判の判決もある。ロンドンの高等裁判所は記事の内容が「実質的に事実だ」としてデップの訴えを退けた。

証拠も証言も、高裁判決もアンバー側にあるのに、なんで彼女よりデップを信じる人が多かったのか? この風刺画の作者なら、デップのファンであればDV裁判という「作品」でも「主演」の彼を応援するからだと、答えるだろう。

実際の陪審員も結局デップを信じ、アンバーに1500万ドル(約19億5000万円)の賠償金支払いを命じた。客観的な判断だった可能性もあるが、みんな『パイレーツ・オブ・カリビアン』ファンである可能性も否めない。今後のセレブ関連の裁判は、ファンの気持ちや世論が判決に影響しないよう注意すべきだ。

デップ主演の映画がどれも素晴らしいという思い込みにも気を付けよう。『チャーリー・モルデカイ』を見た後、デップが僕に1500万ドル支払うべきだと思ったぐらいだし。

ポイント

I LOVE EVERYTHING JOHNNY DEPP DOES!
ジョニー・デップがやることなら何でも大好き!

WIFEBEATERS OF THE CARIBBEAN
ワイフビーターズ(DV夫)・オブ・カリビアン

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

米雇用なお堅調、景気過熱していないとの確信増す可能

ビジネス

債券・株式に資金流入、暗号資産は6億ドル流出=Bo

ビジネス

米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇用者数
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 6

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story