コラム

安倍元首相の「国葬」は正しい判断──むしろ日本は首相の国葬を制度化すべきだ

2022年08月04日(木)10時27分
ブッシュ元大統領国葬

2018年、ワシントンで行われた第41代大統領ブッシュの国葬 DOUG MILLSーPOOL/GETTY IMAGES

<アメリカでは大統領経験者の国葬は制度化されているが、国葬にふさわしい行いをしなければならないと、自身の職責の重さを実感する役にも立っている>

安倍晋三元首相の衝撃的な暗殺から1週間後、岸田文雄首相は安倍の国葬を発表し、激しい論争を巻き起こした。首相経験者としては55年ぶりの国葬を行う理由について、岸田は「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く」強い決意が根底にあると述べた。この決断は正しい。

アメリカの場合、大統領の国葬は総合的かつ緻密に計画された複雑なイベントだ。通常は1週間かけて行われ、陸軍の一部門であるワシントン軍管区が詳細な計画を担当する。儀式の構成と手順は綿密に決められており、その概要をまとめた手引書は通読すると5時間かかる。

アメリカ大統領の国葬は1841年、最も任期の短い大統領となったウィリアム・ヘンリー・ハリソンが就任後わずか1カ月で死去したときに始まった。これをきっかけに最高指導者の追悼という概念が制度化されたが、真の意味で国全体がその死を弔うようになったのは、アメリカで最も尊敬される大統領エイブラハム・リンカーンの暗殺というショッキングな出来事の後だ。

アメリカ合衆国の統一を守り抜いたリンカーンの名声は絶大であり、また当時は電信や鉄道といった新しいテクノロジーが登場した時代でもあったため、リンカーンのひつぎが首都ワシントンからニューヨークを経て第2の故郷イリノイ州スプリングフィールドに着いて埋葬されるまでの間に、何百万人ものアメリカ人が故人を見送った。

国葬の在り方に大きな影響を与えたJFKの妻

ハリソン以降の大統領は歴史的位置付けや死因に関係なく、ほとんど国葬の対象になっている。例外は第2次大戦中に世を去ったフランクリン・ルーズベルトだ。このときは、無数の米兵が外国で命を落としている中で大仰な国葬の儀式はふさわしくないという判断が生前になされていた。そのためルーズベルトは私的な葬儀を選んだが、遺体はホワイトハウスのイーストルームに安置され、議事堂とホワイトハウスの両方で半旗が掲揚された。

アメリカの国葬の在り方に大きな影響を与えた1人がジョン・F・ケネディの妻ジャクリーンだ。暗殺された夫の歴史的遺産を明確な形で残すため、彼女はリンカーンの国葬そのままの葬儀を行うよう当局や担当者に圧力をかけた。それ以降、大部分の国葬はリンカーンの葬儀を踏襲している。

ここでの例外はリチャード・ニクソンだ。全ての大統領は国葬の権利を与えられるが、ニクソン家は故人の意思を尊重して、正式な国葬は辞退した。任期途中で辞任した最初の大統領だったニクソンは、安置された遺体が人々から侮蔑の目で見られることを恐れたのかもしれない。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアに子どもの即時帰還求める国連決議、ウクライナ

ビジネス

ロイターネクスト:投資適格企業の起債、来年増加 A

ワールド

トランプ政権、H─1Bビザの審査強化指示 「検閲」

ビジネス

ロシアサービスPMI、11月は半年ぶり高い伸び 新
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story