コラム

日本語の名前のローマ字表記は、「姓+名」それとも「名+姓」?

2019年05月23日(木)18時40分

安倍総理の場合がいい例です。長期政権を維持していることもあって、安倍総理の名前は、日本人の総理大臣にしてはめずらしくアメリカでも浸透しています。ですが、それは「シンゾー・アベ」という名前であって、その「名+姓」という順番が安倍総理のことをアメリカ人が「認識」する方法として自然であるからです。

安倍総理の場合は、オバマ前大統領と「広島と真珠湾での相互献花外交」を実現したこと、また「要警戒」であるトランプ政権の発足に合わせて「先手先手の外交」を進めたこと、この2つは功績として大きいと思いますが、それも「シンゾー=バラク」、「シンゾー=ドナルド」というように「ファーストネーム」で呼び合う関係があってのことで、それが成立し日米双方で認知された背景には「シンゾー・アベ」という名前の認知があるということもできると思います。

例えば、2000年の答申に忠実な例としては、エンゼルスの大谷翔平選手のケースがあります。大谷選手の場合は、「ショウヘイ」という名前より「オオタニ」という姓の方が発音しやすいからか、あるいは大谷選手サイドなりマネジメント会社なりが「姓+名」で押したのかもしれませんが、とにかくアメリカでも「オオタニ」で通しています。そして敬称をつけて「オータニ・サン」という呼ばれ方をしています。

それはそれで自然発生的なものかもしれませんが、問題は「姓を先にしてしまう」と、本当にフルネームで認知されることになるのか、ちょっと心配だということです。「ミスター・オオタニ」とか「オオタニ・サン」という認知はされても、「オオタニ・ショウヘイ」という認知の浸透度合いは弱くなるのではないかと思います。

日本語ブームもあって、日本語による日本人の名前はずいぶん浸透してきているのですが、その結果として日本人の「ファーストネーム」にも大分親しみを持ってもらっている、そんな時代になっています。これを強引に「姓+名」の順番に変えるとなると、混乱が心配なだけでなく「アベ・サン」とか、「ミスター・アベ」、あるいは「プライム・ミニスター・アベ」となって、結局「フルネームには親しみを持たれなくなる」可能性があります。

さらに表記の問題で、「アベ・シンゾー」という順番に変えた場合に、「アベ」が姓であることを示すために姓だけ大文字にして「ABE Shinzo」という表記はどうかというアイディアがあるようですが、これは少々強引です。名札等の個別の事例では、便宜的に成立する話かもしれませんが、英語の正書法には違反するからです。また、せっかく親しみを持ってもらった「日本人のファーストネーム」があらためて軽視されることにもなりかねません。

正書法に従うのであれば「Abe, Shinzo」になりますが、姓名の中にカンマが入るのは、文中に他に文法上の理由からカンマが入る場合などで、混乱して読みにくくなります。

とにかくこの問題、欧米流に抵抗してアジアのオリジナルを押し通す方が胸を張れるというような感情論ではなく、言語構造や相手側の認知のしやすさなど多角的な議論が待たれます。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

財新中国製造業PMI、4月は51.4に上昇 1年2

ビジネス

ドイツ銀の株価急落、ポストバンク買収巡る訴訟で引当

ワールド

豪小売売上高、3月は予想外のマイナス 生活費高騰で

ワールド

中国製造業PMI、4月は50.4に低下 予想は上回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story