コラム

サウジのジャーナリスト殺害疑惑、誰が得して誰が損した?

2018年10月16日(火)18時00分

一方で、アメリカのトランプ政権ですが、疑惑がどんどん濃くなるなかで、大統領自らがサウジを擁護したり、「(真相究明や批判より)サウジへの武器輸出契約の方が大事だ」と発言したり、また大統領の長男ジュニアは「(殺害された)カショギ氏はテロ組織に関与」と発言していました。結果的に、サウジは(殺意は否定しつつも)殺害を認めざるを得なくなった状況で、トランプ政権の反応も迷走気味であり、あらためて「敵か味方の二分法」では問題に対処できないことを露呈した格好です。

意外にも、ポイントを稼いだのがトルコのエルドアン政権です。10月12日になって、クーデターに関与した容疑で2年間拘束していたアメリカ人のアンドリュー・ブランソン牧師を突然釈放しました。この牧師は、トランプ政権が強硬に釈放を要求し、経済制裁まで行ってトルコ経済に甚大な影響が出ていました。エルドアン政権としては「何らかの手打ち」のタイミングを狙っていたのでしょう。

と言うことは、この時点で「サウジ領事館内での記者死亡」という事実を握っており、その捜査をしっかり行って「主権を行使し、国家の威信を保つ」ことを重視して、そのためには「アメリカ人牧師というカード」を使う判断をしていたのでしょう。

結果的に、アメリカはサウジに圧力をかけざるを得なくなり、ポンペオ国務長官をサウジに派遣するにいたりました。これが「サウジがトルコとの共同捜査」に同意し、そして「殺意はともかく、領事館内での死亡という事実は認める」ところまで追い詰めることになったのだと考えられます。

トランプ政権は、どう考えても迷走しており、ヘイリー国連大使がサッサと辞任表明したのも「なるほど」と思わせる印象です。政権としては、コア支持者が「アメリカ・ファースト」ですから、「アメリカ人牧師解放」を成果として見せれば影響は軽微と踏んだのかもしれません。ですが、中間選挙を控えたアメリカ国内で、中道からリベラルの有権者層には「殺害疑惑より武器取引を優先した」ことは相当な悪印象を残しています。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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