コラム

トランプ長男のロシア問題は、なぜ深刻なのか?

2017年07月14日(金)16時00分

まず仲介したゴールドストーンは、「ロシア政府が入手した『ヒラリーを犯罪者にすることができる』情報」を、このベセルニツカヤ氏が提供してくれると述べ、ドン・ジュニアはその情報提供を期待して面会したと言われています。この点に関しては、ニューヨーク・タイムズがスクープすることがわかった時点で、ドン・ジュニアはメールを公表しているので、すでに動かぬ事実となっています。

結果的に「会ってみたらそんな情報はなかった」として「未遂」だという主張になっていますが、少なくとも大統領の長男が選挙戦に勝つために外国勢力による諜報活動の結果を利用しようとした事実は動きません。

そのベセルニツカヤ氏との面談ですが「期待していたヒラリーに関する犯罪情報」はまったくなく、その代わりに「アメリカによるロシアの子供の養子縁組をプーチン政権が禁止している」という「養子縁組問題」の話題ばかりを、ベセルニツカヤ氏は時間いっぱい主張しただけだったと、ドン・ジュニア側はそう言っています。

仮にこれが事実だとしても、そこには深刻な問題があります。というのはロシアからアメリカへの養子縁組をロシアが禁止しているのは、アメリカによるロシアの「人権弾圧者への制裁」の根拠となっている「マグニツキー法」への報復として行われているものだからです。このマグニツキー法というのはロシアの人権活動家で、政府高官の腐敗を暴いたセルゲイ・マグニツキーという弁護士が2009年に獄死したことから、「マグニツキー殺害に関わった」とされる高官を「名指し」して資産凍結やアメリカへの入国禁止を規定しているものです。

【参考記事】初顔合わせの米ロ首脳会談、結果はプーチンの圧勝

実はベセルニツカヤ氏は、オバマ政権当時にアメリカの議会が与野党超党派でこの「マグニツキー法」を成立させようとしていた際に、成立を阻止するためのロビー活動を行っていた人物です。ということは、ドン・ジュニアに対して「養子縁組問題」を取り上げたというのは、要するに「マグニツキー法を停止せよ」という主張を行ったという理解が可能です。

さらに、この面会についてドン・ジュニアは父親であるトランプ大統領には報告しなかったとしており、大統領も「この件は数日前に知っただけだ」としています。ところが、面会をアレンジしたフィクサーのゴールドストーンという人物は、以前にトランプがモスクワでの「ミス・コンテスト」を開催した際に、そのアレンジを行っており、大統領自身との面識があるという報道が出ています。仮に大統領の「知らなかった」という発言が虚偽であれば大変なことになります。

事態を重く見た連邦議会上院司法委員会は、ドン・ジュニアを公聴会に招致することを決定、早ければ来週にも「公開形式での証人喚問」が行われる見通しとなりました。「ロシアゲート」は一気に深刻な局面を迎えています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story