コラム

アフガン情勢を明治維新と比較すると?

2009年10月07日(水)12時20分

 アメリカのニュースでは、ここ数日、アフガンでの対タリバン戦争がトップ扱いになっています。といっても、戦況に進展があるわけでも、和平の展望が見えてきたのでもありません。国防総省の言い方をそのまま借りれば、タリバンが勝利しつつあり、アメリカをはじめとする有志連合は敗北しつつあるのです。これを受けて、ワシントンでは米軍の増派をするのかどうかが、緊急の課題となっています。この件については、オバマ大統領の様子が優柔不断だという批判も一旦は出ました。つまり早く増派せよという保守派の圧力ですが、それもここ数日はトーンダウンしています。

 どうして増派論がトーンダウンしているのかというと、この週末に起きた局地戦での敗北があまりに悲惨だったからです。ワシントンの保守派を含めて、この事件を受けて一種の厭戦気分が広がっています。大統領を優柔不断と非難する声は静かになり、逆に軍部と政界は一緒になって悩んでいる姿を隠さなくなりました。それにしても、悲惨な局地戦でした。アフガン東部の山岳地帯で、いわゆる「Y字谷」の2つの谷が合流する谷間にアメリカ軍とアフガン政府軍は拠点を作っていたのですが、それが急襲されたのです。

 Y字谷の光景を思い描いてみると分かるのですが、この谷の周囲は「三方向から」山に囲まれているのです。タリバンは何日もかけて、その急峻な山の斜面を上り下りして、かなりの高度のところに陣地を築いたのでした。この行動は完全に隠密で、偵察衛星にも、赤外線による体温センサーにも引っかからなかったところを見ると、恐らくは山の裏側の斜面からトンネルを掘って武器を運び込むという手順も踏んでいるらしいのです。そして十分な武器弾薬を運び上げてから、一気に高地から谷間の拠点に激しい火力で攻撃を仕掛けてきたのです。

 米軍側は応戦しましたが、完全にこの局地戦に敗北し、米兵8名、アフガン兵2名の犠牲者を出しました。単独の戦闘でこれだけの犠牲を出したのは初めてということですし、また犠牲になった8名は全て同じコロラド州の基地から派遣されていたということで、地元には衝撃が走っています。とにかく、用意周到な敵の奇襲、それも高い山の斜面から谷間へ向けてしかも三方向からの攻撃を受けたということで、アフガン駐留軍には動揺が広がっているようです。それが「敵は勝利しつつある」という狼狽丸出しのコメントがペンタゴンから出てしまった背景にはあるようです。

 問題は、アメリカの支援するカルザイ政権の苦境は、対タリバンの山岳戦争で苦戦しているだけではないということです。大統領選挙の不正疑惑や、周囲の軍閥との癒着疑惑など、カルザイ政権は政治的にも批判を浴びて求心力の維持に苦しんでいるのです。この政治的な方のライバルはタリバンではなく、タジク人などによる北部同盟というグループです。彼等は、今回の対タリバン戦争では、当面アメリカの陣営に協力していますが、アフガンの合法的な政府の中ではカルザイ政権を揺さぶり続けています。

 この情勢を明治維新の際の日本と比較してみるとどうでしょう? 全くのフィクションですが、仮にカルザイ政権=薩長勢力、北部同盟=徳川幕府軍と見立てるならば(多少ムリを承知の比較論ですが)、更に山間部には映画「ラスト・サムライ」で渡辺謙さんが演じたカツモトのような「反天皇のサムライ攘夷グループ」が野蛮な男尊女卑を維持しながらゲリラ戦を展開している・・・そんな構図になるのではと思います。更に、ロンドンで爆弾テロを決行した南アジアの反英テロリストをこのサムライ・グループが「客人」として匿っている、というような関係になります。

 日本の歴史では、内戦や外国の介入を避けて薩長勢力による統一国家ができたのですが、アフガンの現状というのは、それとはほど遠いシナリオ、つまり薩長と幕府が英仏(アフガンの場合は米ロですが)の妥協で一本化したものの内輪もめが絶えない中、サムライ軍の勢力がジワジワと拡大、薩長+幕府を後援している英国では余りの犠牲に撤退論が出ている・・・そんな格好だと思います。

 しかも英国軍に対抗するために、サムライの軍は禁制のアヘン栽培を奨励し、内部での吸引は禁じつつも外貨獲得には成功して、ヤミ市場で近代兵器も大量調達している、そんな流れです。そして、例えば長野かどこかの山間部の谷で、英国軍がサムライ軍のゲリラ戦に引っかかって大量の犠牲者を出した・・・大英帝国は絶頂期にあったはずなのに、この一件でロンドンはパニック、とまあそういうことでしょう。

 私は何も、パロディの材料として明治維新を持ち出したのではありません。この比較論には意味があると思うのです。明治維新が成立した背景には、徳川統一国家による文化的あるいは経済的な「平和の配当」が全国に行き渡っていたこと、これが内戦が回避された最大の理由だと思います。また、当時の日本は良い具合に「地方分権」が実現していた一方で、日本語によるオーラル・コミュニケーションや漢語による文書のコミュニケーションなどでは統一性があったということも言えるでしょう。また、国内に極端な騎馬民族文化や遊牧民文化などはなく、定住を前提とした農耕と商工業の文化、更には貨幣経済ということでも統一性があったのです。

 ですが、アフガンの場合は違います。アフガンの人々が日本人に劣っているのではありません。言語も、文明の種類も異なった人々で構成されているという決定的な違いがまずあります。また80年代のソ連の侵攻以来、「平和の配当」を享受したこともありません。逆に「戦争利権」や「軍閥割拠」が当たり前になっているのです。この対立エネルギーを沈静化することは簡単ではありません。そんな中、有志連合は追い詰められています。では日本としては、「そんな窮状だからこそインド洋での給油を続けてアメリカに恩を売るべき」なのでしょうか? 「危険だから非軍事援助もムリだと静観する」べきなのでしょうか? あるいは「改めて国連軍の編成をしてもらって自衛隊も行くべき」なのでしょうか?

 自国の伝統とプライドを最低限維持しながら「必要なだけの手段としての西欧化」をして「定住型コミュニティ」による農業なり軽工業による「産業」を興して国家の建設をする、もしもアフガンの人々のそうした意志がハッキリしているのなら、問題はここまでこじれなかったと思います。ですが、この国の人々にその覚悟がないのであれば、例えばの話ですが、明治維新という経験を持つ日本が、自身の経験に基づいて何らかの説得なり影響力を行使する可能性はないのでしょうか? もしも、そうした文明論的な説得役をする意志が日本の政権にないのであれば、「給油」にしても「非軍事貢献」にしても、あるいは「自衛隊派遣」にしても、単に有志連合の背後に連なるだけの存在です。そして、現時点では残念ながら敗北の側に連なるという結果になっているのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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