コラム

究極の有機農法、ブルゴーニュのワイン造りにせまったドキュメンタリー『ソウル・オブ・ワイン』

2022年11月02日(水)18時10分

中世の超自然的な感受性と現代有機農法のつながり......『ソウル・オブ・ワイン』

<ワインの愛好家というわけではない女性監督が、ブルゴーニュのワイン造りを独自の視点で切り取ったドキュメンタリー......>

マリー・アンジュ・ゴルバネフスキー監督のフランス映画『ソウル・オブ・ワイン』は、ワインの愛好家というわけではないこの女性監督が、ブルゴーニュのワイン造りを独自の視点で切り取ったドキュメンタリーだ。彼女はナレーションを使わず、説明も最小限にとどめ、ブドウ畑の四季や剪定、収穫、発酵などの作業を観察し、生産者や醸造責任者、ソムリエらの言葉に耳を傾ける。

本作では、ブルゴーニュワインをめぐってふたつの要素が特に印象に残る。

ひとつは、その歴史や伝統だ。ブルゴーニュのブドウ畑やワイン造りの礎を築き、発展させてきたのは修道僧たちだった。ソムリエールのカロリーヌ・フュルストスは、ムルソーを試飲し、「修道僧から現在まで続くワイン造りの歴史が、このグラスの中にある」と語る。

「ヴォーヌ=ロマネは700年間、サン=ヴィヴァンの僧が耕した。修道院にはかつての面影がまだ残っている...」という字幕につづいて、廃墟となった修道院やワイン貯蔵庫となっていた空間が映し出される。ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ=コンティの生産者であるオベール・ド・ヴィレーヌは、ロマネ=コンティの香りが、ワイン造りを始めた修道僧や今は廃墟になったサン=ヴィヴァン修道院、そこで何世紀もこのワインが造られてきたことなど、様々な故事を思い出させると語る。

これに対してもうひとつの要素は、冒頭に登場して"テロワール"について語るロマネ=コンティの元醸造責任者ベルナール・ノブレの言葉によく表れている。彼は、畑の地質やブドウの根に言及したあとで、以下のようにつづける。


「今はシンプルに有機物を活かす。自然の微生物叢(マイクロバイオータ)が、土中に生き生きした生態系を作り上げる。だから農薬や除草剤を使ってはいけない。以前のやり方では、除草剤や殺虫剤をたくさん使っていたから、ミミズがいなかった。ミミズは素晴らしい働きをする。土壌の通気性をよくする。土を食べ、消化し、改良する。ミミズはとても重要な役割を果たす。今はビオディナミ農法で、ミミズが戻ってきた。ミミズが土壌を改良する。それが重要だ。だからこそ土壌には微生物の集まりが必要だ。生きたワインを作るには、土が生きてないと」

ワインの愛好家ではない監督が、冒頭からいきなり微生物に関心を示す

この発言から筆者がまず思い出すのは、ベストセラーになったジェイミー・グッドの『ワインの科学』の改訂版の方だ。グッドは旧版では抜けていた重要なテーマとして、ワインを形作るうえで土壌がどんな役割を果たしているのかを掘り下げた「土とブドウ」という章を加えた。その章で、ブドウの根がどのように無機イオン(栄養素)を取り入れるのか関心を持ったグッドは、かつて土壌の研究をしたことがあるワイン商のティム・カーライルにその疑問をぶつける。以下がその答えだ。

41cMRzq3yAL.jpg

『ワインの科学』ジェイミー・グッド 梶山あゆみ訳(河出文庫、2021年)


「それなら微生物の活動に注目しなくては」とカーライルはいう。「土壌中の有機物がどれくらいの速さで無機イオンに分解されて、植物が利用できるかたちになるかは、微生物の活動に左右されます。微生物の活動は、根がイオンを取り込むのも助けているんです。微生物抜きでは土壌について語れませんよ。どんなテロワールであれ、微生物がどれくらい活発かが重要なんです。なのに、微生物はいつも蚊帳の外です」

ワインの愛好家ではない監督が、ブルゴーニュワインの説明をすることもなく、冒頭からいきなり微生物に関心を示す。本作では、ブドウ畑やワイン造り、テイスティングなど、どの場面を見ていても、微生物のことが頭に残りつづける。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

エアバス、A320系6000機のソフト改修指示 航

ワールド

米国務長官、NATO会議欠席か ウ和平交渉重大局面

ビジネス

NY外為市場=ドル、週間で7月以来最大下落 利下げ

ワールド

ウ大統領府長官の辞任、深刻な政治危機を反映=クレム
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 7
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story