コラム

アメリカの現代のノマド=遊牧民をリアルに切り取る『ノマドランド』

2021年03月25日(木)18時30分

旅のなかで過去やしがらみから解き放たれる...... (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

<企業の破たんと共に、長年住み慣れた住居も失った女性が、キャンピングカーで〈現代のノマド=遊牧民〉として、季節労働の現場を渡り歩く...... >

サブカルチャーと経済問題を中心に扱うジャーナリスト、ジェシカ・ブルーダーが2017年に発表した『ノマド──漂流する高齢労働者たち』に描き出されていたのは、経済的な事情で普通の暮らしに背を向け、車上生活を送る現代のノマドの世界だった。

そんなアメリカに広がる現象に迫ったノンフィクションを映画化したクロエ・ジャオ監督の新作『ノマドランド』では、劇映画とドキュメンタリーが斬新な融合を遂げ、現実の世界とは一線を画す独自の空間が切り拓かれていく。

キャンピングカーに荷物を詰め込み、仕事を求めて旅立つ

2011年、ネヴァダ州の企業城下町エンパイアに暮らす60代のファーンは、町を支えてきた工場の閉鎖とともに住み慣れた家も失う。夫に先立たれた独り身の彼女は、キャンピングカーに荷物を詰め込み、仕事を求めて旅立つ。

アマゾンの倉庫で臨時雇いの仕事に就いたファーンは、同僚のリンダ・メイと親しくなり、彼女からアリゾナの砂漠に誘われる。そこでは、ノマドのまとめ役であるボブ・ウェルズが企画した集会が開かれ、ファーンも温かく迎えられる。

ノマドのコミュニティの一員となったファーンは、その後も出会いを重ねる。タイヤがパンクし、助けを求めたスワンキーからサバイバル術を伝授され、彼女がガンで余命宣告されていることを知る。バッドランズ国立公園のキャンプ場で働いたときにデイヴと出会い、親しくなった彼らはレストランでも一緒に働く。ファーンはそんな旅のなかで変貌を遂げていく。

本物のノマドと俳優が共演するが......

本作では、俳優とノマドが共演している。ファーンとデイヴをフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンが演じ、リンダ・メイ、ボブ・ウェルズ、スワンキーという原作でも取り上げられている本物のノマドが本人として登場する。

このように書くと、ノマドのありのままの姿をドキュメンタリーのようにとらえ、彼らの世界に俳優が溶け込んでいると考えたくなるが、本作の場合、厳密にいえばそれは正しくない。

わかりやすいのはスワンキーだろう。彼女は実際にはガンではないし、もちろん余命宣告もされていない。海外のインタビューによれば、彼女は夫を脳腫瘍で亡くし、自分の子供たちを傷つけるかもしれないので、余命いくばくもない人間を演じることには戸惑いもあったという。

では、なぜジャオ監督はそのような演出を盛り込んだのか。そこに、冒頭に書いた「劇映画とドキュメンタリーの斬新な融合」の一端を垣間見ることができるが、そのことについては後述する。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は続伸、イランがイスラエル攻撃準備との報道

ビジネス

インテル、第4四半期売上高見通しが予想上回る 株価

ビジネス

アップル、見通しさえず株下落 第4四半期は予想上回

ワールド

米裁判所、マスク氏訴訟の手続き保留を決定 大統領選
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:米大統領選と日本経済
特集:米大統領選と日本経済
2024年11月 5日/2024年11月12日号(10/29発売)

トランプ vs ハリスの結果次第で日本の金利・為替・景気はここまで変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で「粉飾倒産」する企業が増えている理由...今後はさらなる「倒産増加」が予想される
  • 2
    「まるで睾丸」ケイト・ベッキンセールのコルセットドレスにネット震撼...「破裂しそう」と話題に
  • 3
    幻のドレス再び? 「青と黒」「白と金」論争に終止符を打つ「本当の色」とは
  • 4
    脱北者約200人がウクライナ義勇軍に参加を希望 全員…
  • 5
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 6
    北朝鮮軍とロシア軍「悪夢のコラボ」の本当の目的は…
  • 7
    天文学者が肉眼で見たオーロラは失望の連続、カメラ…
  • 8
    中国が仕掛ける「沖縄と台湾をめぐる認知戦」流布さ…
  • 9
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 10
    自爆型ドローン「スイッチブレード」がロシアの防空…
  • 1
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 2
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴出! 屈辱動画がウクライナで拡散中
  • 3
    キャンピングカーに住んで半年「月40万円の節約に」全長10メートルの生活の魅力を語る
  • 4
    幻のドレス再び? 「青と黒」「白と金」論争に終止符…
  • 5
    2027年で製造「禁止」に...蛍光灯がなくなったら一体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語ではないものはどれ?…
  • 7
    世界がいよいよ「中国を見捨てる」?...デフレ習近平…
  • 8
    日本で「粉飾倒産」する企業が増えている理由...今後…
  • 9
    「決して真似しないで」...マッターホルン山頂「細す…
  • 10
    【衝撃映像】イスラエル軍のミサイルが着弾する瞬間…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 8
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 9
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 10
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story