イタリア最南端の島で起きていること 映画『海は燃えている』

『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』
<イタリア領最南端の小さな島を舞台にしたドキュメンタリー。この島には、この20年間で約40万人の移民が上陸した。島民と難民の現実を静かに描き、ベルリン映画祭でドキュメンタリーで初の最高賞に輝いた注目作>
ジャンフランコ・ロージ監督の新作『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』は、副題にもあるように、アフリカに近いイタリア領最南端の島ランペドゥーサ島を舞台にしたドキュメンタリーだ。その冒頭には、以下のような字幕が浮かび上がる。
「ランペドゥーサ島、面積は20平方キロ、海岸線は南70マイル、北120マイル。この20年間で約40万人の移民が島に上陸した。シチリア海峡で溺死した移民の数は1万5千人と推定される」
この映画は、世界の注目を集める深刻な移民・難民問題を扱ってはいるが、そんな題材から想像される内容とは異なる世界が切り拓かれている。ロージがドキュメンタリー作家として異彩を放っていることは、その受賞歴にも表れている。彼の前作『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』(13)はヴェネチア映画祭で、この新作はベルリン映画祭で、それぞれドキュメンタリーで初の最高賞に輝いている。
世界の映画祭を席巻するドキュメンタリー
劇映画を凌駕してしまうような独自の表現や世界とはどのようなものなのか。新作には、同じ題材を扱った劇映画に通じる視点も盛り込まれている。ランペドゥーサ島の北に位置するリノーサ島を舞台にしたエマヌエーレ・クリアレーゼ監督の劇映画『海と大陸』(11)では、海に生きる一家の祖父が、法を破って難民の母子を救助し、家に匿ったことから、家族が難しい選択を迫られる。ジョナス・カルピニャーノ監督の『地中海』(15)では、ブルキナファソ出身の若者が、命懸けで地中海を渡り、イタリアの果樹園で働きだすが、やがて地元住民との対立に巻き込まれていく。
『海は燃えている〜』でも、難民の実情に焦点を絞るのではなく、島民と難民の世界が描かれる。だが、そこに劇映画のようなドラマが生まれることはない。かつては島そのものが難民問題の最前線で、島民と難民が接触していたが、ロージが最初に島を訪れたときには、すでに海上で難民のボートと接触する救助活動へと方針が転換されていた。だから島民と難民が接触することはない。それでも彼は島に移住し、この映画を作った。
ドキュメンタリーであるこの映画では、当然、島民と難民の接触が描かれることはない。だが、ひとりだけ接点を持つ人物が登場する。これまでずっと救助された難民の上陸に立ち会ってきた医師バルトロだ。この映画からは、医師を結び目として、島民の日常と難民の現実というまったく異なるふたつの世界が浮かび上がる。
では、そんな構成の映画がなぜ多くの人の心を動かすのか。詩的な映像も確かに印象に残るが、最も大きいのはロージが対象から引き出してみせる物語の力だ。彼は対象となる人物と長期にわたって共に過ごし、親密な関係を築く。そんなふうにして、人物の自然体の姿をとらえるだけではなく、人物が内に秘める物語を引き出していく。彼の作品に登場する人々は、近しい人を相手にしているかのように過去の出来事や体験を語る。
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