コラム

数々の映画祭で絶賛された、南米ドキュメンタリーの巨匠の2本の新作

2015年10月02日(金)17時15分

『光のノスタルジア』 世界中から天文学者が集まるチリ・アタカマ砂漠は、独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋まっている場所でもある…。

 南米チリでは、1973年9月11日の軍事クーデターから1990年3月11日まで続いたアウグスト・ピノチェト将軍の独裁体制下、軍・警察による弾圧で4000人を超える人々が死亡・行方不明となり、数万人が拷問を受けたとされる。

 南米を代表するドキュメンタリー映画監督パトリシオ・グスマンは70年代後半、『チリの戦い』三部作で、サルバドール・アジェンデの社会主義政権下での民衆の戦いとアメリカに支援されたクーデターによる政権の崩壊を克明に描き出した。そんなグスマンは、40年以上も前に起こったクーデターについて、以下のように語っている。

「あれは私にとっては、ごく最近の出来事なんだ。時間の感覚というのは、人によって違う。チリで軍事クーデターのことを覚えているかと友人に聞くと、彼らの多くが遠い昔のことだと言うよ。遥か前に起こったことだとね。でも私にとっては、時が止まったままで、まるで去年か、先月か、先週起きたことのようだ」(プレスより)

 今回公開されるグスマンの2本の新作では、彼の想念が既成のドキュメンタリーとは異なる独自のアプローチで表現される。『光のノスタルジア』(10)の舞台は、南北に長く伸びたチリの最北部にあるアタカマ砂漠。グスマンが最初に注目するのは、そこに集中する世界の天文台で、満天の星や望遠鏡がとらえた壮大な宇宙の映像が映し出される。次に考古学者が登場し、隊商を組んで砂漠を往来していた遊牧民が千年以上前に描いた岩絵の世界に導く。とてもクーデターや弾圧に結びつくとは思えない展開だが、やがてこの砂漠にチリを掘り下げるための手がかりがちりばめられていることに気づく。


 世界で最も乾燥したアタカマ砂漠は、天文学者や考古学者にとって理想的な場所だった。一方で、鉱物資源に富む砂漠では、19世紀に先住民が硝石工場で奴隷のように働かされた。そして軍事クーデター後、ピノチェトの軍は硝石工場の周りに有刺鉄線を巡らし、強制収容所として利用した。さらに、殺害した政治犯の遺体を密かに砂漠に埋めていた。それを知った遺族の女性たちは、30年近くも砂漠で家族の骨を捜し続けている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過去最高水準に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 7
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 10
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story