コラム

世界が認めた日本人イラストレーター:上杉忠弘

2010年03月02日(火)17時00分


 イラストレーターの上杉忠弘がアニメーション界の権威であるアニー賞を受賞したと言っても、この世界の人たちは驚かないかもしれない。取るべくして取った、そう感じただろう。上杉と9年に渡って親好があり、一緒にアートブックを出版したこともあるピクサーのイラストレーター、エンリコ・カサローサは、「アメリカのアニメ業界には忠弘のファンがたくさんいる」と言う。「僕も彼の作品を見た途端に夢中になった。光の使い方が繊細で、何より大胆な構図が素晴らしい」
 
 上杉は2月6日に発表されたアニー賞で、ストップモーション・アニメ『コララインとボタンの魔女3D』(日本公開中)の最優秀美術賞を受賞。アニー賞はアニメのアカデミー賞とも呼ばれ、過去には宮崎駿監督が『千と千尋の神隠し』で監督賞、作品賞などを受賞している。日本人が美術賞を受賞したのは初めてだ(『コラライン』はアカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネートされている)。

『コラライン』で上杉が担当したのはデザインコンセプト。『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』を手掛けたストップモーション・アニメの第一人者ヘンリー・セリック監督にとって重要だったのは、原作であるニール・ゲイマンのファンタジー小説のイメージを具象化できるコンセプトアーティストを探すことだった。

「登場人物が動き回る背景が固定しているような作品にはしたくなかった。例えば、庭に立ち籠める霧、3枚の葉っぱを舞い上がらせるそよ風。そんな繊細な趣きが欲しいと考えていた。忠弘の作品にはそれがあった」と、セリックはオンラインマガジン「スイート101」に語っている。「忠弘のイラストレーションが作品全体の土台となったが、特にその色彩や簡潔さは欠かせないものとなった」とセリックは言う。
 
 上杉はこれまで主に女性誌のイラストや企業広告、CDジャケットなどを手掛けてきた。作品を見ると、独特のエレガントな線に身覚えのある人が多いのではないだろうか。ヨーロッパやアメリカのギャラリーにも彼の作品は飾られており、フランスのエル誌にイラストを寄せたこともある。

uesugi_02(3).jpg

uesugi_04.jpg
上杉が書いた『コラライン』のコンセプトアート
(C) Focus features and other respective production studios and distributors.
  
『コラライン』の仕事は日本とアメリカの長距離で行われた。まずは原作を読んで、キャラクターのイメージ作りに取りかかるところから始めたという。ほんの数週間だけの仕事のはずが、それから1年以上かけて、建物や背景など全体のコンセプトアートにも取り組むことになる。
 
 監督には自分の好きなように描いていくれと言われたが、1つだけリクエストがあった。「僕らが見たことのないようなものが見たい」。そんな難題なリクエストに頭を抱えたこともあるが、上杉は見事に期待に応えてみせた。

 もちろん上杉が手掛けたのは最初のコンセプト段階で、実際に作品が出来るまでには大勢のアニメーターやイラストレーターが関わっている。オリジナルコンセプトから随分と変化を遂げたキャラクターもある。それでもセリック監督が言うように、上杉の感性が作品全体の土台となっていることに変わりはない。

 主人公のコララインはアメリカの女の子だが、国籍不明のエキゾチックさを漂わせている。さらに桜吹雪が舞う(ように見える)シーンもあり、映画を見ながらほのかに日本らしさを感じる楽しみも味わえる。

「忠弘の絵はグラフィックなデザインが特徴だ。1950〜60年代のアメリカのイラストに影響を受けていて、細部の生き生きとしたきらめきが作品全体に雰囲気を与えている」と、セリックは評価する。

 ピクサーのエンリコ・カサローサは言う。「『コラライン』のデザインには彼の繊細さがよく反映されている。例えば、木が1本生えているだけでも美しい」

 上杉の描く美しい世界が、将来はもっとスクリーンで見られるようになるかもしれない。

----編集部:小泉淳子

このブログの他の記事も読む

プロフィール

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシアGDP、25年伸び率は5.11% 3年

ビジネス

独VW、中国車両の大半を小鵬と共同開発の新技術で生

ワールド

米ロ核軍縮条約失効、新たな軍拡競争の懸念 中国が対

ビジネス

独鉱工業受注、12月予想外の2年ぶり大幅増 基調改
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 4
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 5
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 6
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 9
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 10
    電気代が下がらない本当の理由――「窓と給湯器」で家…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 7
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story