コラム

新しい資本主義の変容と岸田政権の脱炭素促進政策

2022年06月01日(水)18時00分

岸田政権の「新しい資本主義」は、分配重視だった当初からは、相当変容している...... Kiyoshi Ota/REUTERS

<5月31日に明らかになった岸田政権の「新しい資本主義」の実行計画案をどう考えるのか......>

岸田政権による、「新しい資本主義」の実行計画案が5月31日に明らかになった。これらの多くが、6月初旬に看板政策として正式に打ち出されるとみられる。

岸田政権発足当初は、「新しい資本主義」において格差是正が重視されていたので、高所得者や企業への増税政策や、低所得者への所得底上げなどが早々に実現するとみられた。ただ、金融所得増税については、時期尚早と軌道修正を示唆する声が官邸からも示されていた。今回示された、新しい資本主義の原案には、格差是正を理由とした増税政策が入っていないことが確認された。

もちろん、参議院選挙後に先送りにしただけで、将来増税が実現する可能性は残っている。実際には、参議院選挙後の、自民党内で意見が分かれている財政政策に関する議論を経て、増税の是非並びにスケジュールが決まるとみられるが、政治情勢次第で事態は流動的とみられる。

なお、財政政策を巡る自民党内の意見対立が大きい中で、「経済財政運営と改⾰の基本⽅針(⾻太の⽅針)」の原案においては、プライマリーバランスを黒字化するとの目標に関して、従来の2025年度という年限目標の部分が削除された。経済成長のために財政政策を積極化させるべきとの自民党議員の意見が、岸田政権の経済政策運営に影響しているとみられる。

分配強化をもたらす目立った政策メニューはごく一部

いずれにしても、新しい資本主義の実行計画には、分配強化をもたらす目立った政策メニューはごく一部である。例えば、賃上げを促進する政策として、従来から挙げられていた、賃上げ税制の税額控除拡充が含まれた。ただ、そもそも、家計の賃上げを実現するには、脱デフレを完遂させて経済を正常化させる必要があるだろう。

これ以外に、格差是正に関連する政策を敢えて挙げれば、上場企業による情報開示範囲の拡充を求めるに際して、「男女間賃金差の公表を義務付け」が含まれ、男女間の賃金格差の縮小を民間企業に促す対応がある。企業に対するこうした情報開示を求めることについては、妥当性については様々な議論はあるだろう。ただ、例えば英国においては、2017年の法律制定によって、男女間の賃金格差に関する情報について、従業員250名以上の企業よる情報開示が義務付けられた先例がある。

こうした対応が、一部企業による女性人材の活用を促すインセンティブを強める可能性がある。ただ、仮に、男女間の不合理な賃金格差を放置する企業があるとしてもそれらの多くは衰退企業とみられ、この政策が日本企業の経済活動に大きな影響を及ぼす可能性は低いだろう。経済的な効果よりも、格差是正に取り組む政治アピールとしての側面が大きいように思われる。

また、新しい資本主義計画案においては、格差是正政策以外にも、科学技術支援策、スタートアップ支援策などの政策が含まれている。これらは、公的支援によって企業のイノベーションを促進するものと位置付けられる。

つまり、新しい資本主義の計画の中に「成長戦略」に属する政策が多く入っており、経済成長に配慮するというメッセージが強まった。「所得分配の是正だけでは、経済成長を実現することは難しいのではないか」などの意見が配慮されたのかもしれない。この意味で、岸田政権の「新しい資本主義」は、分配重視だった当初からは、相当変容していると言えるだろう。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story