コラム

大竹伸朗は、いかに人と違った経験と生き抜く力でアーティストの道を開拓していったか

2022年10月31日(月)11時25分

そして、1968年に東京国立博物館で開催されたレンブラント・ファン・レインの名作展を母親に連れられて観に行った大竹少年は、その写真のようなリアルな表現に驚き、油絵を描き始める。アンリ・ルソーの絵を見て自分でも描けると思ってやり始めたが、風景画や静物画を描くことに飽き始めていたのはつまらないと感じ始めていた頃、アンディ・ウォーホルやリヒテンシュタイン、トム・ウェッセルマン、クレス・オルデンバーグといったポップ系の現代アーティストたちの存在を知り衝撃を受ける。「好きなものを描く自由なアーティストの在りようがとにかくかっこよく、わけのわからないものを評価するアートの状況に、日本とは異なる、もっと広い世界の存在を感じた」と言う。

それをきっかけに、時間さえあれば一人で東京駅から銀座方面に歩き、画廊巡りをするようになる。そうして、アーティストとして生きている人たちの作品を数多く見て学びながら、美大を目指すようになるのである。

人と違った経験と生き抜く力――アーティストへ

1974年、大竹は東京藝術大学を受験するが不合格となり、武蔵野美術大学造形学部油絵学科に補欠入学。自由を体現するアーティストを目指す自分にとって大事なのは、浪人して藝大という権威に入ることではなく、人と違った経験をすることであるとの考えのもと、一応入学はしたものの、さっさと休学して、北海道の牧場で無休、無給、住み込みで働くという行動に出る。

きっかけは、高校3年の時に音楽雑誌に掲載されていた、北海道に移住して牧場を始めた脱サラ家族の記事を眼にしたことだった。牧場に直接はがきを送って頼み込み、夜行列車で36時間かけて到着した牧場で、翌朝4時から毎日1トンもの牛の糞を運び出すという過酷な労働に従事する。この体験は大竹にとって、その後のアーティスト人生への覚悟や、どのような困難も乗り越えられるような生き抜く力、創作において、理論やコンセプト云々とは違った生命力を獲得することに繋がっていった。

1年後に大竹は東京に戻り復学するが、その2年後の1977年に再び休学し、今度は中華料理店の皿洗いで貯めた資金と餞別を手に、初めて海外に渡る。家賃が払えるかどうかのぎりぎりの生活だったというが、滞在先のロンドンで、後にブライアン・イーノらのレコード・ジャケットデザインを手掛けることになるアーティスト、ラッセル・ミルズや、ペインターで既にスーパースターだったデイヴィッド・ホックニーらと出会い、彼らとの交流を通じて大いに刺激を得る。

そしてこのロンドンで、蚤の市で購入した大量のマッチラベルをノートや本にコラージュした「スクラップブック」を作り始める。本の形態が持ち運びに便利ということもあったようだが、生きているうちに世界中に落ちている印刷物を貼ったら面白いのではと妄想を抱き、自分のやるべきことが見えてきたような気がしたという。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、核実験開始を再表明 地下実験の可能性否

ワールド

ロシア首相が来月訪中、習主席と会談へ 二国間協力強

ワールド

スーダンで数百人殺害の可能性、国連人権機関が公表

ビジネス

全ての会合が「ライブ」に、12月利下げ確実視せず=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 9
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story