コラム

世界26カ国で実施される宮島達男の「柿の木プロジェクト」――絶望から再生へ

2022年12月09日(金)10時50分
宮島達男

1998年、《Sea of Time '98》制作時の宮島達男(写真:上野則宏)

<1980年代後半に国際的なアートシーンで活躍するようになった宮島達男。アート界の現実に直面した彼は、再びアートの存在意義を見直すなかで、「柿の木プロジェクト」を立上げ、ベネッセアートサイト直島の家プロジェクト「角屋」に取り組む>


「生き残った以上は、後悔する生き方はしたくない」──宮島達男のアーティスト人生 から続く。

第2エポック 時の蘇生・柿の木プロジェクト(1996~)

このように、憧れていたアート界に希望を失ってしまった宮島を救ったのが、「時の蘇生・柿の木プロジェクト」(以下、柿の木プロジェクト)である。

1995年、国内では阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が起こり、世界ではフランスが地下核実験を強行するなど不穏な空気のなか、宮島は樹木医の海老沼正幸が率いる、長崎で被爆した柿の木2世の苗木を植樹する活動と出合う。被爆した柿の木から採取した種を苗木に育て、子供達と植樹していくという本プロジェクトを通して、宮島はアーティスティックな感性、創造力は誰もが持っているもので、それに気付くか気付かないか、発揮するかしないかはその人次第であり、アーティストの仕事は人々の創造性を刺激したり、社会に大きな問いを突き付けることだと考えるようになる。

こうして、参加型の作品作りを通して、21世紀にかけて掲げるようになる「Art in You(アートはあなたの中にある)」という考え方を発展させる過程で制作されたのが、ベネッセアートサイト直島の「角屋」での《Sea of Time '98》である。

1997年の海外滞在中に依頼を受け、急遽アメリカ経由で直島に下見に行ったのが10月で、翌年3月には完成というスピードで一気に制作されることになった。今では考えられないことだが、お披露目の際のLEDのタイムセッティング(注3)では、当時はなかなか島民に興味を持ってもらえず、スタッフが海苔を持参して各家をまわり、参加者をかき集めたという。しかし、よく解らないながらも参加・協力してくれた125名の島民たちの行動が、その後大きく発展することになる集落におけるアート活動の礎となったのである。

当時の資料を見ると、宮島はここでも柿の木の植樹を提案していたようだ。直島では実現しなかったが、1999年、第48回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館の展示で大々的に展開されることとなる。20世紀の終りに際し、この「戦争の世紀」に対する批判をテーマとして、大量死を想起させる《MEGA DEATH》の壮大なインスタレーションとともに、再生の希望としての柿の木プロジェクトを、作家の創作における主要な核のひとつとして提示したのである。

当時は柿の木プロジェクトの意味を今一つ理解出来ないアート関係者も多かった。しかし宮島は、「柿の木プロジェクトは、その後、活発に議論されるようになるリレーショナル・アート(関係性のアート)やソーシャリー・エンゲイジド・アート(社会関与のアート)等にも繋がっている。アートワールドではあまり評価されていないが、自分の創造活動のなかでは最も重要な契機と言っても過言ではないもので、絵を描いたり、歌ったり、踊ったりという表現活動を子供たちとやることによって、もう一度、アートに希望やエネルギーを感じられるようになった」と語っている。

原爆や戦争を知らない子供たちに、宿命を背負いながら生きていることや、生命力や命の大切さ、人間の生き方について考えてもらう本プロジェクトは、宮島自身にとっても絶望から再生への転機となり、その後世界中で展開され、今では26か国、300か所以上で、ワークショップなどが実施されている。

miki202212-miyajima-2-2.jpg

2010年3月25日、イタリア、ブレーシァ県・ヴァッリオテルメ市保育園での植樹式の様子

注3: 1から9までの数字を順に表示するカウンターのスピード(時を刻む速さ)を、島民たちが各々セットした。

第3エポック 大学教育における10年(2006-2016年)

1990年代半ばに大学と繋がりを持つようになった宮島は、2006年に東北芸術工科大学副学長に就任し、さらに2012年からは京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)副学長も兼任。2016年に両校を退職するまで、10年間にわたり、大学で教鞭をとることとなった。

miki202212-miyajima-2-3.jpg

2009年、東北芸術工科大学の学生たちとウガンダで行ったワークショップの様子

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マレーシアと中国、5年間の経済協力協定を更新へ 李

ワールド

タイ裁判所、タクシン元首相の保釈許可 王室に対する

ワールド

NATO基金、AI・ロボット・宇宙技術に投資 防衛

ビジネス

米新興EVフィスカー、破産法適用を申請 交渉決裂で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:サウジの矜持
特集:サウジの矜持
2024年6月25日号(6/18発売)

脱石油を目指す中東の雄サウジアラビア。米中ロを手玉に取る王国が描く「次の世界」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は「爆発と強さ」に要警戒

  • 2

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 3

    えぐれた滑走路に見る、ロシア空軍基地の被害規模...ウクライナがドローン「少なくとも70機」で集中攻撃【衛星画像】

  • 4

    800年の眠りから覚めた火山噴火のすさまじい映像──ア…

  • 5

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 6

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 7

    中国「浮かぶ原子炉」が南シナ海で波紋を呼ぶ...中国…

  • 8

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 9

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 10

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…

  • 5

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 6

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 7

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 10

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 8

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 9

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 10

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story