コラム

最初の作品集は「遺作集」、横尾忠則の精神世界への扉を開いた三島由紀夫の言葉

2023年04月17日(月)08時05分
横尾忠則

2022年12月、アトリエにて。

<2022年12月某日、かつて磯崎新が設計した、大きな開口部から暖かい日差しが射し込むアトリエで制作中の数々の絵に囲まれて、久々に横尾忠則にゆっくりと話を聞いた。落書きではなく模写から始まった幼少期の創作から、自殺する自分のポスターを通したデザイナーとしての決意表明、三島由紀夫との出会い、30代でグラフィック・デザイナーとして大きな成功を収めるまでの足跡をめぐる。>

誰かと、ある時、ある場所に共に居合わせた偶然に、何か運命的なものを感じたことはないだろうか。私にとって、それは横尾忠則とのことで、その時、私は日比谷のビルの20階にある控室で横尾と二人で向き合って話をしていた(注1) 。

一瞬、会話が途切れ、横尾の視線が不思議に宙を泳いでいることに気付いた時、「揺れてる、揺れてる」と彼が言った。その数秒後、突然大きな揺れが襲ってきて、ただならぬ状況に、我々は慌てて控室を出て、居合わせた人々とともに床に平伏してお互いの肩を抱き合ったりした。

2011年3月11日14時46分。数十分後に巨大な津波が発生し東日本の太平洋沿岸部を襲い、さらに福島の原発事故を引き起こすことになる地震の発生である。この時の様子は、たまたまその場にいたTV局のクルーによって撮影されており、地震発生時の記録映像として、以降繰り返しTVで流されることとなった。

後日、横尾が言うには、地震発生前、会場に向かう時に見上げた空が濃いピンク色に染まっていたという。それを聞いた周囲の人間は、誰よりもいち早く揺れを感知し、他者には見えないものが見えるというこうした横尾の霊的エピソードに関心を持っていたが、私はあの時の、頭では理解することの出来ない、人智を超えた自然の大きなちからに肉体的に対峙し、ざわざわとした感情が一気に迫ってくるような感覚を思い出していた。

それは、ほぼ独学でグラフィック・デザイナーから画家へ転身、コンセプトよりも直観を重視し、膨大な仕事量とメディアへの露出度によって独自のキャリアとポジションを形成してきた横尾の作品世界の根幹にもどこかで繋がっているように思え、この生と死がせめぎ合うような極限状況に横尾と居合わせたことが単なる偶然とは思えず、私の記憶に強烈に刻まれることとなった。

注1:当日は、筆者がアーティスティック・ディレクターを務めたヨコハマトリエンナーレ2011の記者発表が日本外国特派員協会で予定されており、横尾は参加作家代表として登壇予定だった。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、円安が支え 指数の方向感は乏しい

ビジネス

イオンが決算発表を31日に延期、イオンFSのベトナ

ワールド

タイ経済、下半期に減速へ 米関税で輸出に打撃=中銀

ビジネス

午後3時のドルは147円付近に上昇、2週間ぶり高値
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワールドの大統領人形が遂に「作り直し」に、比較写真にSNS爆笑
  • 4
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story