コラム

横尾忠則「呪われた」 デザイナーから画家になり、80代で年間100点の作品を生む

2023年04月17日(月)08時10分
横尾忠則

横尾忠則 インドのアグラで(1987年)

<グラフィック・デザインのトップランナーであった横尾忠則は、突如画家への転身をはかる。そのきっかけは、呪いのような「画家になりなさい」という啓示だった。描き続ける宿命を背負い、86歳となった今なお猛烈な勢いで創作を続ける横尾には一体何が見えているのか。本人への聞き取りをもとに、その人生をたどる後編。>

最初の作品集は「遺作集」、横尾忠則の精神世界への扉を開いた三島由紀夫の言葉 から続く。

画家になりなさいという啓示

グラフィック・デザイナーとして大きな成功を収めていた1980年7月、横尾はニューヨーク近代美術館で観たパブロ・ピカソの個展に衝撃を受け、絵画の道を究めることを決意する。いわゆる「画家宣言」である。実際は、1960年代にも絵画を描いており、本人が宣言をしたわけでもなく、話を聞いた記者が過去の横尾の隠居宣言にかけて、そのように書いただけだが、その時のことを横尾は、「ピカソ展を見ている時に、画家になりなさいという啓示を受けたような、大きな衝動が起こった。自分の意思によるものではなく、何かわからない力によって呪われたと思った。グラフィック(・デザイン)に関してはトップを走っているという自負があったが、それを瞬時に捨ててしまうぐらい、『絵を描く』という衝動が大きかった」と言う。

この時、横尾が反応したのは、ピカソの作品というよりも、自らの本能を第一とし、それに芸術を従わせた彼の生き方である。それまではあまり意識していなかったというが、やはりクライアントの要望に応えることが前提のグラフィック・デザインの仕事から、100%自己に忠実でいられる仕事へとシフトしたい、また未知の世界で自身を試したいという思いもあったようだ(注4)。

こうして、絵画の領域へと移行した横尾は、以降、古今東西の美術史や宗教、神話など様々なテーマに果敢に取り組んでいく。1980年代半ばには、ボディー・ビルダーでパフォーマンス・アーティストのリサ・ライオンとのコラボレーションを通して、両性具有的な肉体の神々しさや自然と人間の一体化した姿等を積極的に描くことで身体性の回復を試みたり、陶板による作品制作にも挑戦したり、徐々に「何を描くか」から、「いかに描くか」という技術の問題を探求するようになっていく。

1986年に磯崎新の設計によるアトリエが完成したことで、それまで広い制作場所を求めて様々な場所で公開制作をしていた横尾は、自身のアトリエでも色々な実験が出来るようになり、ガラスや鏡、羽根など色々な物質を画面上にコラージュしたり、キャンバスの上に短冊状のキャンバスを貼り合わせたり、複数のパースペクティブによる異なる次元を共存させるといった多次元的な画面構成を試みるようになる。こうして、模写やコラージュを基本にしつつも、自身の描き方を徐々に確立していくのである。

また、この頃から、夢にでてきた滝のモチーフが繰り返し描かれるようになる。人間の原始的な信仰の世界、浄化作用や瞑想の場、あるいは想像力の源泉ともいえる滝を描きたいという思いで、世界中の滝の絵葉書を1万枚以上集め、さらにそれらを用いてインスタレーションも制作している。

1990年代に入ると、まるで万華鏡を覗いているような、より複雑な画面構成となっていく一方で、横尾は子供時代の個人的な事象や故郷の風景、少年時代に読んだ絵本や小説、観た映画から想起される洞窟や密林、地下室への階段など、極めて自伝的なソースからイメージをコラージュして独特の世界を生み出していくことになる。

「10代のうちに、ヤバイとか、エグイとか、ダサイなどという不透明で洗練もされていない要素、整理できていない感情が内在され、自分の中に蓄積されていきます。その蓄積が、20歳以降の今日に至るまでの創作活動の中に、一種のパンドラの箱が広がるように飛び出していく。絵を描くことによって吐き出されたり、創作を通して徐々に発酵していくんです。そういう意味では、10代が原点ではないかなと。10代に体験したものや、思索、経験、記憶といったものですね(注5)」

06_9617.jpg

《天の足音》1996年 2273×1818mm キャンバスにアクリル

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

SHEIN、仏百貨店に初出店へ 地元が反発

ワールド

アルマーニ、株式売却で買い手候補に接触 ロレアルな

ビジネス

完全失業率8月は2.6%に悪化、有効求人倍率1.2

ワールド

トランプ氏、民主党寄り政府機関への支出削減へ ボー
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 3
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 10
    AI就職氷河期が米Z世代を直撃している
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 10
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story