コラム

賃上げ要求はするが、裏では「労使のなれ合い」が横行...「組合」のイメージを変えた、そごう西武ストの戦略性

2023年09月13日(水)18時52分
池袋の西武百貨店

ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

<そごう・西武の労働組合のストライキは、要求した内容の面でも参加者の特徴の面でも、従来のストのイメージを大きく覆すものだった>

そごう・西武の労働組合が、百貨店としては61年ぶりとなるストライキを決行した。今の日本ではストライキそのものが珍しい光景となっているが、今回のストは他社の百貨店の従業員も参加するなど、これまでにない動きも見られた。一連の出来事は、日本における企業と労働者の関係が変わりつつあることを示唆しているのかもしれない。

今回のストの直接的な目的は、そごう・西武の投資ファンドへの売却を阻止することである。同社を保有するセブン&アイ・ホールディングスが、ストの最中に売却の最終決定を行うなど、当初の目的は達成できなかったように見えるが、売却阻止というのは表面的なスローガンだったと考えられる。

同社の売却は実行されたものの、セブン側は、投資ファンドによる人員削減が行われた場合、余剰人員を引き取る意向を示している。売却を急ぎたかったセブンが大幅な妥協を強いられた形であり、結果的に雇用維持に関する交渉は有利に進んでいるとみてよいだろう。

組合側は売却が行われることを前提に、売却後の労使交渉を有利に進めるため、あえてこのタイミングでストを打った可能性が高い。

企業のM&A(合併・買収)交渉にうまく割って入り、双方の思惑を活用して交渉を有利に進めたという点で組合側の動きは戦略的だった。労働組合というのは基本的に賃上げ要求を行うものとイメージされていたが、従来のイメージを大きく覆した形だ。

加えて今回のストには、もう1つ、これまでにはない変化が見られた。それは他社の百貨店の従業員がストに参加したことである。

日本では当たり前の「企業別組合」の問題点

組合側は売却後、ヨドバシカメラの出店によって西武百貨店のフロア構成が大きく変わることを危惧している。そのため今回は、いわば百貨店という業態そのものの存続が懸かった交渉でもあった。

こうした事情から、他社の組合員もストに参加し、売却阻止と雇用の維持を訴えた。日本では企業別組合が当たり前であり、ストは基本的に企業単位で行われる。こうした組合の組織形態が、労働者の交渉力を弱くしているとの指摘は以前から存在していた。

同じ労働者といっても、元請け企業と下請け企業の従業員との間には利害関係が成立してしまう。元請け企業の労働者にとっては、下請け企業の労働者が厳しい状態に陥っても、自社で賃上げが実現すればよいとの発想になりがちであり、労働者全体が団結するという流れになりにくい。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECBの次回利下げ、9月より後になる公算=リトアニ

ワールド

トランプ氏、日本に貿易巡る書簡送付へ 「コメ不足な

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値更新、貿易交
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story