コラム

移民の多い欧州の国々で増え続けるテロ事件...「防止」組織はテロを止められるのか

2025年03月01日(土)20時32分

プリベントに連絡された大多数が、おそらく実際にはテロリストになるつもりなどなかったこともまた確かだ。

特にティーンエイジャーは、口先だけで変なことを言ったりする。社会規範に逆らったり、物議を醸すやり方をしたがったりするのは、よくある思春期の反抗だ。

僕自身の経験だけから言っても(僕はアイルランド系が多いカトリックの学校に通っていた)、IRA(アイルランド共和軍)のことを「自由の戦士」だと称賛する少年たちがいたことを思い出す。

ほかにも、教科書にナチスの「かぎ十字」や共産主義の「鎌と槌」マークを書いている子たちもいたし、悪魔の数字とされる「666」を机に落書きしている子もいた。

彼らのうちの誰ひとりとして、後にIRAに参加したり、ナチや共産主義者や悪魔崇拝者になった者はいなかった。もちろん当局が「介入」してくれたおかげ、なんかじゃない。

実際のところ、こうした行為を見つかると、少年たちは普通に罰せられていたし、もしも彼らのうちの誰かが真のテロリスト予備軍だったとしたら、それは逆効果になったことだろう。通説によれば、迫害されたと感じることで、過激化は加速する。プリベントはむしろ、カウンセリングや助言が中心で、対象者を犯罪データベースなどに登録したりもしない。

だから、プリベントは前述の2つの事件(そしてその他の事件)で失敗したのも無理はないだろう。教訓を学び、同じ過ちを繰り返さないようにすることができるかもしれない。

とはいえ、誰がテロリストになりそうで誰がそうではないかを完全に確実に診断することなどできそうにないのは明らかだ。誰が「治った」のか誰がそう装っているだけなのかも同様。また、その手法が完璧な結果をもたらすとも期待できない。極度に反社会的な人物がみんな、共感的な導きによって正常に戻れるわけではない。

深刻なテロに悩む国々の共通点は

いま議論されていることで僕が気にかかっているのは、プリベントが失敗したことが「問題」であるかのように言われていることだ。そもそもなぜプリベントが必要なのか、テロ攻撃を止めるためになぜ公金を投じる必要があるのか、そしてなぜこの国ではいまだにこんなにもテロ事件が多いのか――こうしたことは十分に議論されていない。

おそらく、プリベントが存在しなければさらに多くの事件が起こっていただろうし、治安機関が常時警戒して常にテロ計画を阻止していなければ、またさらに事件が起こっていたことだろう。

中東やアフリカからの若い男性の移民が多い国(フランス、イギリス、ドイツ、フランスなど)は深刻なテロに悩んでいて、はるかに移民が少ない国(日本、ハンガリー、クロアチアなど)はテロが頻発していない......などと結論付けることは許されないだろう。

僕がこれを書いているほんの数日前に、ドイツのミュンヘンでアフガニスタン難民が群衆に車を突っ込んで2人を殺害し、オーストリアではシリア難民が14歳の少年を殺害、4人を負傷させる事件が発生し、フランスではテロの危険がある人物としてリストに入っていたアルジェリア国籍の男が、刃物で1人を殺害、3人に重軽傷を負わせた。

こうした事件は今ではごく当たり前なので、もはやニュースにもならず、その代わりに、なぜ当局は止められなかったのか、という話になっているのだ。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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