コラム

引責辞任したカンタベリー大主教のセレブで偽善的でえげつない素顔

2024年11月30日(土)16時23分
英チャールズ国王の戴冠式を執り行う英国国教会カンタベリー大主教のジャスティン・ウェルビー

チャールズ国王の戴冠という名誉ある役目も務めたウェルビー(2023年5月) POOL―REUTERS

<児童性的虐待事件の隠蔽に加担したとして辞任を余儀なくされた英国国教会のカンタベリー大主教ジャスティン・ウェルビーの、鼻持ちならないエスタブリッシュメントな人生を世界は知らない>

11月、英国国教会の最高位聖職者であるカンタベリー大主教のジャスティン・ウェルビーが、辞任を余儀なくされた。おぞましい児童性的虐待事件の隠蔽に加担したと結論付ける独立委員会の報告書を受けてのことだ。

カンタベリー大主教は、国教会の最上位の聖職者の地位であるだけに、これはイギリスでは大変なニュースになっている。

理論的には、カンタベリー大主教はイギリスで王室メンバーに次ぐ高い「身分」の人物ということになる。この職位には貴族院の議席も含まれ、さらに「道徳的権威」とも見なされる。

僕はしばらくの間、ウェルビーを嫌うという居心地の悪い立場にいた。なぜ居心地が悪いかと言うと、ウェルビーはまっとうで思いやりのある人物でまかり通っていたうえ、僕が彼を嫌うのはちょっと「ひねくれた」理由だったからだ。

彼が辞任したからといって、僕がカタルシスを感じることはない。誰も彼のこれまでのイメージを見直そうとはしていないし、不名誉な辞任を余儀なくされた公人にしては、まだまだ制裁が軽いように感じるからだ。まるで彼が、辞任するという「きちんとした行動に出た」不運な犠牲者であるかのように。

はっきりさせておきたいのは、ウェルビー自身が児童性的虐待事件に関与したわけではないということだ。だが隠蔽されていた深刻な事件を2013年に知ったとき、彼は行動を起こさなかった。

ウェルビーは、イギリスの警察や、虐待加害者が当時住んでいた南アフリカの当局に、事件の情報がきちんと提供されたかどうか確認しなかった。その結果、数年のあいだ問題は放置され、加害者の男は3カ国で100人以上の少年を虐待した罪で裁判にかけられることないまま、2018年に亡くなった。信じられないことに、それでもウェルビーは当初、辞任しないと言っていた。

一生安泰な上流階級の出身

あるいは僕の見解では、それほど信じられないことでもないのかもしれない。僕はウェルビーを、エスタブリッシュメントの顕著な例の一人だと思っている。彼が完璧な人生を歩んできたというわけではなく、ある意味守られた人生を送ってきた人物だということだ。

彼らエスタブリッシュメントの人々の上がり調子の人生が、失態によって狂わされることはあまりない。彼らの努力はいつでも、昇進や称賛や報酬で報われるようだ。

少々ひがみっぽく聞こえるのは承知のうえだが、実際僕がウェルビーにどこかしら敵対心を持っていることは否定しない。なぜなら僕にとって彼は、その生い立ちから生涯にわたって恩恵を受け続ける上流階級の子供だからだ。

彼は辞任するかもしれないが、現在68歳の彼の年齢なら、ほとんどの人は既に職を失い役立たず状態になっている。そのうえウェルビーはここに至るまで、かなり素晴らしい道を歩んできた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米フィンランド首脳が会談、北極の安保強化に砕氷船取

ワールド

NATO、スペイン除名を検討すべき 国防費巡り=ト

ワールド

トランプ氏、12日に中東に出発 人質解放に先立ちエ

ワールド

中国からの輸入、通商関係改善なければ「大部分」停止
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    50代女性の睡眠時間を奪うのは高校生の子どもの弁当…
  • 5
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 6
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 7
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 8
    米、ガザ戦争などの財政負担が300億ドルを突破──突出…
  • 9
    底知れぬエジプトの「可能性」を日本が引き出す理由─…
  • 10
    【クイズ】イタリアではない?...世界で最も「ニンニ…
  • 1
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 8
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    更年期を快適に──筋トレで得られる心と体の4大効果
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story