コラム

サウジアラビア「要人大量逮捕」は本当に政敵駆逐が目的か

2017年11月27日(月)17時31分

宮廷クーデタなどの危険性は逆に上がった?

MbS主導になる今回の一連の逮捕劇は、権力基盤の強化、政敵の駆逐の視点で分析されることが多いが、実際、上に挙げた名前で、MbSのライバルと見なされたことがあるのは冒頭で述べたムトイブ王子ぐらいだ。それ以外は、王族とはいえ、政治的にはほとんど影響力のないものばかりである。そのムトイブにしてもMbSが副皇太子になった段階で、事実上ライバルの座からは転落している。

さはさりながら、こうした強硬措置によって、王族内で敵をつくってしまえば、宮廷クーデタなどの危険性は逆に上がったといえるかもしれない。

また、ファハド一族、あるいはその閨閥(血縁関係)が捕まったとなると、これはこれで話がちがう。というのも、ファハド元国王、そしてスルターン元皇太子とサルマーン現国王は同腹の兄弟であり、ファハド一族、あるいはスデイリー・セブン(初代国王が、寵愛したとされるスデイリー家出身の妻フッサとのあいだにもうけた7人の男子のこと)として同盟関係にあったからである。

つまり、本来なら味方になるはずの王族の一翼を敵に回す結果になっているのである。またビンラーデン・グループのバクル・ビンラーデン(テロ組織アルカイダのリーダーだったオサーマ・ビンラーデンの兄)などファハド一族と近い財閥にも逮捕の手が伸びている。

サウジアラビアにとって、トラウマになっているのが、第2代国王サウードとのちに第3代国王となるファイサルのあいだの対立である。このときは王族のみならず、政治・実業界を含め、国内が二分され、国家そのものが崩壊の瀬戸際に立たされた。最終的にはサウードが廃位され、ファイサルが勝利を収めたのだが、しこりはその後も長く残っていた。

そのほか、今回の事件に関し財産没収が目当てといった見かたもある。しかし、逮捕者の名前自体はっきりしない段階では軽々に判断すべきではない。

だが、少なくともMbSの打ち出す一連の政策をみると、彼が、王族や財閥を幅広く味方につけるより、一般国民を味方につけるほうに重点を置いているような気がしてならない。エンターテインメントを重視したり、穏健なイスラームを標榜したり、女性の自動車運転を解禁したりというのもその顕れだろう。そして、この国民からの支持を背景に反対派の主張を封じ込め、みずからの政策を推進していこうとしているのではないだろうか。

彼の進めるサウジ・ビジョン2030はきわめて野心的な内容を含んでおり、その実現のためには王族、政治家、経済界、一般国民の広範な支援が不可欠なはずだ。今回の大量摘発が吉と出るか凶と出るか。サウジ・ビジョン2030には日本も深く関わっており、われわれも注視していかねばならないだろう。

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プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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