コラム

自衛隊「海外派遣」議論のきっかけはフェイクニュースだった

2017年07月28日(金)14時22分

当時、クウェート人の多くは支援への感謝を表明してくれた

まず、そもそもクウェートに感謝されなかったという議論だが、前述のとおり、わたしは湾岸戦争が終わった直後ぐらいにクウェートに入り、しばらく過ごしていたが、クウェート人の多くは日本の貢献や憲法上の制約について知っていたし、知っていた人のほとんどすべてが日本に対し感謝を表明してくれていた。けっしてクウェートが日本に感謝していなかったわけではないのである。

逆にいえば、この事件で日本を怒らせてしまったことでクウェートの政府関係者の多くは、わたしのような末端の日本人に会うときでさえ、湾岸戦争での貢献に対する感謝のコトバを枕詞に使うようになり、かえってこちらが恐縮するほどであった。

ではなぜ、感謝広告から日本の名前が漏れてしまったのか。

これについては2015年9月10日付の東京新聞が「湾岸戦争『日本は感謝されず』自衛隊派遣の口実に」という記事で詳述している。それによると、感謝広告は当時のクウェート駐米大使のイニシアティブで進められ、リストを作ったのは米国防総省だったそうだ。そこで日本の名前が落ちてしまったのである。

クウェートに長年かかわったものからみると、クウェートらしいというか、たぶんクウェート側に悪気はなかったんだろう。米国の広告会社にほとんど丸投げして、きちんとチェックしてなかったというあたりが一番真相に近いのではないだろうか。実際、この感謝広告をよくみると、地図で前年に統合したはずのイエメンがまだ分裂したままだったりと、アラブ人であれば、ぜったいまちがえないような単純ミスも目立つ。

同じく資金援助だけだったのに、感謝広告に載ったドイツ

もう一つのロジックの柱になるのが、掃海任務で自衛隊を派遣したから感謝されるようになったという点。これにも怪しいところがある。感謝広告・記念切手・実際の軍事貢献で名前が挙がっている国をリストアップしたのが下の表1である。

hosaka170728-chart2.png

表1(筆者作成)

チェックマークをつけたのが「名前や貢献あり」で、チェックマークのないのが「名前や貢献なし」である。

ドイツに註をつけているが、ドイツも、憲法上の制約でNATO域外への派兵ができなかったため、軍事的には戦闘機をNATO加盟国であるトルコに送るなどの名目的な貢献にとどめざるをえなかった。つまり、ドイツは事実上、日本と同様、資金援助しかしていなかったのだ。そして、それなのにドイツは感謝広告に国名が記載されたのである。

要するに、資金援助だけでも感謝される可能性があったわけで、資金援助だけだから感謝されなかったというロジックは明らかにおかしい(ただし、ドイツは小切手外交と非難されたため、その後憲法を改正し、域外派兵を可能にしている)。

【参考記事】脱「敗戦国」へ、ドイツの選択

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官

ビジネス

円安、物価上昇通じて賃金に波及するリスクに警戒感=

ビジネス

ユーロ圏銀行融資、3月も低調 家計向けは10年ぶり

ビジネス

英アングロ、BHPの買収提案拒否 「事業価値を過小
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story